美里町の春は、フキノトウ、野蒜(ノビル)、セリから始まる
和食は食材の「走り」「旬(盛り)」「名残」で土地の季節の移ろいを感じ、味わう食文化です。
「走り」とは出始めや初物のこと、「旬」は出盛りの一番美味しい頃、そして「名残」は去りゆく季節を愛おしむように味わうものです。早春のフキノトウ、ノビル、ミツバ、ツクシ、セリ、春のワラビ、コシアブラ、アシタバ、夏のカラスウリ、イヌビユ、秋のジネンジョ、ムカゴなど、里山では1年を通じて多くの山野草が、走り・旬・名残の時季を追いかけるように繰り返しています。
まだ冷たい風が吹く2月中旬、下益城郡美里町二和田の「砥用物産館ほたる」を訪ねました。この物産館は季節の山菜を扱うことで知られているため、熊本市内や福岡県内などの飲食店や料亭から、「そろそろフキノトウは出ましたか?」など、早い時期から山の春を待ちわびる問合せが多く寄せられます。
雪解けを待たずに顔を覗かせることから“春の使者”と呼ばれる「フキノトウ」は、どの山菜より早く、熊本では1月中旬から2月下旬に大地から顔を覗かせます。ころんとした蕾(つぼみ)から花が咲き、初夏には傘のように葉柄を広げた「フキ」に成長します。
この日、「砥用物産館ほたる」の三保館長が、野蒜(ノビル)、スイバ、セリ、クレソンが自生する美里町の里山を案内してくださいました。「自生している山野草を地元の方に迷惑にならない範囲で採る分には問題ありませんが、農家の方が私有地で栽培している山菜も多くあります。山菜狩りをする時は、地元の人に案内してもらって、摘み方などを習いながら楽しむ方がいいでしょう。」とアドバイスして下さいました。
国立公園、国定公園、自然保護地域では一切の植物・動物・鉱物を採取することが禁じられています。また、個人所有の山林についても同様です。むやみに知らない土地に立ち入らないこと、軽装で山奥に入らないこと、そして里山に入る際は、自分がお邪魔してお裾分けをいただいている存在であることを十分に肝に銘じ、周囲に配慮して行動したいものです。
摘んだばかりの早春の山野草を料理
「“春は山から”という言葉の通り、まだ風が冷たい冬でも既に山では木々の芽がふくらんで、春が近づいていることを教えてくれるんですよ」と三保館長の奥さん・孝子さん。
この日、他の山菜に先がけて旬を迎える春の3種の山菜「フキノトウ」「セリ」「ノビル」を使った料理を作っていただきました。
“フキノトウ味噌”は、刻んだフキノトウをサラダ油で炒めて、味噌と砂糖で練り上げたもの。白いごはんや焼きおにぎり、お豆腐などにもよく合います。フキノトウのほろ苦さは油によって和らぐため、油炒めや天ぷらなどは効果的な調理法といえるでしょう。“ノビルの醤油漬け”は、食べやすい大きさに切ったノビルを、刻み昆布と濃い口しょうゆで和えて一晩置き、“ノビルの塩漬け”はノビルに塩をかけて一晩置きます。“ぐるぐる”は茹でてキュッキュッと巻いたノビルに酢味噌をかけていただきます。そして“セリごはん”は、さっと茹でたセリを炊き立てのごはんに混ぜ、少量の塩で味付けをします。
その苦み成分が、冬に溜め込んだ毒素を身体から出す働きをするといわれる「フキノトウ」、滋養強壮や冷え性の改善を促す成分が含まれるという「ノビル」など、山菜や野草はまさに野に咲く季節の薬。料理をいただくことは自然から生命をいただいているのだということを実感します。
※時期はその年の天候などにより変動があります。
●フキノトウ ●野蒜(ノビル) ●セリ ●タラの芽 ●山椒(葉) |
【1月中旬~2月下旬】 【2月中旬~4月下旬】 【2月中旬~3月下旬】 【3月中旬~4月下旬】 【3月中旬~4月中旬】 |
●山椒(実) ●ウド ●タケノコ ●ワラビ ●ゼンマイ |
【5月初旬~5月下旬】 【3月中旬~4月下旬】 【3月下旬~5月上旬】 【4月上旬~5月下旬】 【4月上旬~4月下旬】 |
先人の知恵「干し山菜」
山野草は時間が経つにつれてアクやえぐみが強くなっていきます。欲張らず、食べる分だけ山の恵みを“分けていただき”、持ち帰った山菜はその日のうちにアク抜きなどの下ごしらえをします。昔からたくさん山菜が採れた時には、干したり塩漬けにして保存し、一年を通して味わってきました。旬の時期に収穫し、乾燥させた山菜を水で戻して使うという先人の知恵に感服します。
この日、三保孝子さんに、旬の山野草料理に加えて、干し山菜を使ったお煮しめやきんぴらなどの料理も作っていただきました。
干しタケノコ、干しゼンマイは一晩水に浸け、その水で茹で、冷めるまでそのままにして戻した後にお煮しめ、きんぴら、おこわなどに調理します。塩漬けして乾燥させたワラビは、洗う・浸ける、を3,4回繰り返した後に干し山菜と同様に茹で、調理するといいとか。
干した山菜を使った料理には、旬の新鮮な山菜とは異なる、深い旨みと味わいがあります。収穫した時期の山の風景や風の匂いを想いながら味わうのもいいものです。
美里町のフットパスの達人が教える、春の山野草とその楽しみ方
「フットパス」とは、「foot(歩く)」+「path(小道)」のこと。イギリスが発祥の地で、森林や田園地帯、古い町並みなど、昔からその地域に残るありのままの風景を心身で感じながら歩きます。
平成23年に美里町でフットパスが始まる時から準備に携わってきた井澤るり子さん(美里フットパス協会・運営委員長/「くまもと手しごと研究所」キュレーター)が、「フットパスとは、里山を歩きながら地域の生活圏のありのままの風景、生活、暮らす人を“覗かせていただく”ことです。」と教えてくれました。
ゴミはきちんと持ち帰る、動植物・田畑に植えられた作物や植物の採取をしない…などのルールの中、大切なことは、美里町に住む人が「ようこそ」「いらっしゃい」と来る人を笑顔で迎え、訪れる人は「お邪魔します」と挨拶をすること。その笑顔と挨拶がお互いの距離を近くしてくれます。
“フットパスの魔法使い”と呼ばれ、人や町を元気にする達人である井澤さんは、里山の山野草を楽しむ達人でもあります。
「今の時期は、フットパスの途中でヨモギ、ヨメナ、クレソン、ノビル、セリ、スイバなどに出会えます。私はその辺に生えているスイバをザクザク切ってサラダに散らしたり、クレソンを摘んで白菜と一緒に茹でて酢味噌で和えるなど、山野草を料理に取り入れています」と井澤さん。普段の食材に山野草をプラスすると、料理に味わいのアクセントが生まれるそうです。
「山野草は同じものでも季節によって葉の色や形が変わるので、図鑑に載っている1枚の写真では見分けがつかないことが多いものです。だから、歩きながら実際に山野草に触れて“香り”で覚えることをアドバイスします。むやみに多くの山野草の種類を覚えようとしなくても、四季ごとの主なものを10種類程度覚えておけば十分に楽しめるものです。山野草は季節のプレゼント。その時しか味わえない自然を分けていただくことに感謝し、そして来年もまた出会うことができるように、採り尽くさず残しておくことや、根こそぎ採らないことがルールです。そして気を付けたいのが、タラの芽・ウド・コゴミなどのように農家の方が栽培していることが多い山菜のこと。これらは勝手に採らないようにしましょう。」と井澤さんが山野草の楽しみ方と注意点を教えてくれました。
フットパスは、選定されている10コースのマップを事務局で購入し、自由に美里町を回ることもできますが、井澤さんをはじめとするガイドさんに依頼すると、美里町の季節の食材や山野草を使ったお昼ごはん、おやつ付きで季節の風景、生活、暮らしの文化に触れることができます。ちなみにこの日のフットパスのお昼ごはんは、フキノトウの天ぷら、昨年秋に収穫して追熟させたカボチャ“くりゆたか”の煮物、クレソン入りの白和えなど。そしておやつはヨモギ餅だったとか。
他所から来た人が里山を“歩かせていただく”ことで地元の人も元気になり、見られることを意識することで景観も美しく整う。そんなフットパスの効果か、美里町では野に咲く山野草もどこか誇らしげに輝いて見えます。
※フットパスは10:00~14:00/1人分の参加費2,500円、ガイド料1グループにつき5,000円。4~5月には「山野草クッキング」も実施予定(10名以上の参加で実施)
問合せ/0964-47-0147
http://www.facebook.com/misato(別窓リンク)(美里フットパスフェイスブック)
http://www.misatoshiki.com(別窓リンク) (美里四季)