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横田伝兵衛

2015年9月1日更新
【キュレーター】清水 菜保子 天草エリア

はるか300年前、島原より湯島に島流しという形で来たが、湯島の開墾に名を遺した「横田伝兵衛」さんをご存知でしょうか?当時、直訴は死刑であったことを覚悟の上で、島原の村の百姓たちのために命掛けでの直訴をした、横田伝兵衛さんのライフストーリーをご紹介したいと思います。
江戸時代の島原藩守山村(現・雲仙時吾妻町)でのことです。領主が変わって農民への課税額が決定したところ、大変痩せた土地と豊かな土地と地質が違うのにも関わらず、同じ税率の税が課せられ、痩せた土地の農民にとって非常に不利なものでした。
その地区の組頭であった、横田伝兵衛さんは「これでは農民が苦しむ」と考え、庄屋に訴えるも受け入れられず、死罪覚悟で島原城に一人乗り込み、城主・松平忠房に申し立てました。その時に切り札になったのが、伝兵衛さんは土の良し悪しは口に含んで味で判断する才能でした。
松平藩主の前で目隠しの状態で、見事に土の良し悪しを判別し、藩主はいたく感心して、申し出の通り、痩せた土地と豊かな土地で税率を変えることを認め、農民たちはみな伝兵衛に感謝したそうです。
当時直訴したものは死罪というのが幕府の法であったが、藩主は伝兵衛の勇気と正当性を認め、家族の動向も認めた湯島への流刑という温情ある判決をされたのでした。
湯島で伝兵衛一家は開墾に精を出し、やがて村の農業・漁業などの指導者として島民に熱く信頼されていたそうです。
没後300年となる今年、地元でも忘れられていたこの島の神様、横田伝兵衛さんを見直す動きが始まっています。
10月4日には伝兵衛さんの300年忌法要を、伝兵衛さんの子孫・8代目の横田克久氏はじめ、今は雲仙市吾妻町大木葉名横田地区の親族等約55名もお招きして、開催される予定とのこと。関心のある方、参列されてはいかがでしょうか?
主催:横田伝兵衛顕彰会 事務局:090-8295-3671(緒方さん)
(参考:「義人 横田伝兵衛の遺徳を讃えて」横田伝兵衛顕彰会、インタビュー 横田伝兵衛顕彰会 森会長、緒方副会長。
湯島太郎さんブログ:http://ksrk235.otemo-yan.net/e878272.html