#033

暮らしを彩るモノとコト「愛用することで、生きる道具」

伝統工芸品は、地域の暮らしに密着してきた道具。消費者ではなく、愛用者としてのモノとの関わりについてご紹介します。

例えば、衣替えの時期の晴れた日に前の季節の衣類を虫干しして仕舞うように、洗った食器はふきんで拭き上げて棚に戻すように、私たちは暮らしの中でモノを長く美しく使うため、何気ない工夫を重ねています。今では、ウェブサイトを検索すれば、お掃除のやり方、モノのお手入れ方法、昔ながらの知恵袋などいろんな情報が収集でき、暮らしに取り入れることができます。そんな便利になった世の中、モノとの向き合い方、使い方、考え方について、もう一度見直してみることが大事なのかもしれません。いろんな情報があふれているからこそ、モノの選択肢が増えているからこそ「大事にしたいこと」。今回の特集で、少しでも感じていただけたらと思います。

工芸品の正しいお手入れ方法

使い捨てではなく、使い継ぐもの。
道具(モノ)の愛用者になる。

住んでいる場所で収穫されたものを、食生活の中に取り入れる“地産地消”という考え方は広く伝わっています。お買い物の時には産地を確認するなど、意識的に地域のものを暮らしに取り入れている人も多いと思います。モノを運ぶ技術の発展とともに、日本中から、世界中から、欲しいものが手に入り、時には安価な商品を手にすることができるようになった現代だからこそ足元にある地元の食をもう一度見直したい、口にするものだからこそしっかり向き合いたい、そんな食に対する意識の高まりがあるのかもしれません。考えてみれば、あえて地産地消と名前を付けなくても、少しばかり昔の日本では、当たり前に行われてきたことです。一方、視点を食から、衣・住に移してみると「地域でつくったものを選ぶ」という考え方は、食に対するそれと比べて、少数派であるでしょう。

熊本県伝統工芸館の職員であり、くまもと手しごと研究所のキュレーターでもある坂本尚文さんに、工芸品のお手入れについてお話を伺ったところ、まず最初に「汚れること、壊れることを前提にモノを買います」と切り出されました。「大切なのは汚れた時、壊れた時、それを修理できる人がいるかどうかということです」と続きます。地域でつくられる伝統工芸品は、地域の暮らしに密着してきた道具。地域につくる人がいるということは、汚れたり、壊れたりした時でも、修理を頼める人が近くにいるということ。その観点から、モノに対しても地産地消の考え方が大事だといいます。「伝統工芸品だからといって特別なモノとして捉えるのではなく、自分に合った道具を、これから長いこと使い続けていくモノとして選んでほしい」と坂本さん。手に取って、触れてみて、自分の肌感覚でモノを選ぶことも大事だといいます。消費者としてではなく、愛用者。使い捨て、ではなく、使い継ぐ。そのような気持ちでモノと向き合うことが、愛用への第一歩となります。

熊本伝統工芸館の休憩コーナーには、熊本県内の窯元の器でお茶が楽しめる。触ってみる、使ってみることで、器の良さを実感してもらいたいという考えがある。

使うことで、人に馴染み、味になる。
使うことで、モノを知る。

道具としてのモノは、使うこと自体がお手入れになるといいます。経年によって味わいが生まれ、人が使うことで、その人の手に、使い方に馴染んでいく。汚れたり、壊れたりしたら修理をして、道具にふたたび命を注ぎ、なくてはならない愛用品として生きてきます。「モノを選ぶ時、触れたものしか実感が得られないものです。自分の道具として、子どもの頃から選ぶ習慣づけが大事かもしれません。熊本の工芸品であれば、工房に行って直接つくっている人の話を聞くことができますので、なおさら愛着が深まります」と坂本さん。例えば、毎日使う包丁であれば、定期的に研ぐことが求められますが、毎回洗った後に、熱湯をかけて消毒するなど、日々の中に取り入れられるちょっとしたコツもあります。それは、工房で直接話をすることで得られる、生きた知識です。

熊本県伝統工芸館では、各種展示会やショップで伝統工芸品を紹介するとともに、その製作過程をワークショップで体験できるイベントも開催しています。また、毎月一回、職人による包丁研ぎが開催されています。こういったサービス(有料)をどんどん利用することも、道具(モノ)の愛用者になることにつながります。

熊本県伝統工芸館内にあるショップでは、熊本県の工芸品を一同に集めて展示・販売。気になる作品があったら、作家の工房を訪ねてみても。伝統工芸館内で行われている包丁研ぎや、製作過程の体験については、お問い合わせください。
■熊本県伝統工芸館
熊本市中央区千葉城町3-35
問)096-324-4930
キュレーター:坂本尚文さん
熊本県伝統工芸館 業務課で、工芸的な展示会の開催などを担当。染め織りについて研究中。

工芸品を愛用している人に聞きました

熊本の食材を使い、熊本の工芸品に盛りつける。
毎日のお弁当づくりが楽しくなる。

フェイスブックに毎日のようにあげられる手づくりのお弁当。出かけたらその土地の産品や、その土地の人の手による加工品を買い求め、季節の食材を使いながら、彩り豊かに調理をし、盛りつけられたお弁当は、地域への愛着と、家族への愛情に溢れています。くまもと手しごと研究所のキュレーター、木下真弓さんのお弁当は、情報を受け取る側に、いつもほっこりとした温かい余韻を残してくれます。そんな木下さんが愛用している曲げわっぱのお弁当箱に、今回注目しました。
木目の調子が美しく、手に触れる感触までもイメージできそうなやわらかで、温もりのある風合いが素敵な曲げわっぱのお弁当箱。ヒノキ板を削って薄くし、円形に曲げた“曲げ物”を、山桜の皮で留めて仕上げる「一勝地曲げ」という、400年以上の歴史を持つ、球磨地方の伝統工芸です。一勝地曲げの25代曲げ物師である淋(そそぎ)正司さんの工房、「そそぎ工房」がその技術を継承しています。伝統を伝えるために、淋さんは製造・販売の傍らで、曲げ物の製作体験を行っています。実は、木下さんが愛用する曲げわっぱは、「そそぎ工房」の製作体験で、自らがつくったもの。「総面積の約8割を森林が占める球磨地方では古くから、地域の木材を利用した日用品が作られ、愛用されてきました。一勝地曲げもそのひとつです。球磨エリアをドライブするということは、森の癒やしを感じるだけでなく、こうした地域の歴史を肌で感じるということ。さらに工房を訪ね、職人である淋さんが愛用している道具に触れ、さらに伝統工芸品を自ら体験できるという特別感があります」と木下さん。その特別感が、木下さんがモノに対する愛着になり、日々使うものとして愛用につながっています。

日々綴られる木下さんのお弁当日記。使った食材についてすべて、どこで手に入れたのか、誰がつくったものなのか明記されている。盛りつけの参考にしたいほど、彩りが美しい。
写真のお弁当箱は「そそぎ工房」の淋(そそぎ)正司さんの作品。九州産のヒノキ板でつくられる曲げわっぱは、優れた殺菌効果や、調湿性の高さから、ごはんをおいしく保ってくれる。

使うモノを、自分でつくることは、
愛着が生まれ、愛用につながる体験に。

今から400年以上前、相良城主が飛騨高山から職人を招き、人吉球磨の豊かな森林からもたらされる材料を生かし、御用達品としてつくらせたのが一勝地曲げのはじまり。相良の三器具に数えられ、相良藩から保護を受けていたそうです。1年ほど乾燥させたヒノキを薄い板にし、熱湯で煮てしなやかになったところで、曲げて形を整えていく曲げわっぱ。この400年以上もの伝統を受け継ぐ一勝地曲げの製作体験ができます。「そそぎ工房」の体験では、半製品の状態まで準備された材料を、桜の樹皮を使って綴じ、天板と底板を磨いて組み合わせる工程を体験できます。工房での少人数での体験だと、仕上げに名前を入れることもできるそうです。

「そそぎ工房」での曲げわっぱ製作体験では、職人である淋(そそぎ)さんが使用している道具を使って体験ができる。
難しい工程は省いてあるものの、実際に材料に触れながら、やがて自分が使う道具をつくる時間は特別なもの。
■そそぎ工房・曲げわっぱの製作体験
時間/1時間半から2時間程度
料金/1人3,000円
体験場所/そそぎ工房
問)0966-32-1192
※10名以上のグループの場合、指定の場所での出張体験もできます。詳細については、お電話でお問い合わせください。
キュレーター:木下真弓さん
天草育ち、熊本在住。エディター/ライター/ソルトコーディネーター/3児の母。季節のご当地食材や伝統工芸品を日々の弁当や食卓に取り入れながら、地域愛を発信している。

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