special interview

vol1

小山薫堂さん

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PROFILE

小山薫堂 [こやまくんどう]

1964年熊本県天草市生まれ。放送作家・脚本家・作詞家・大学教授・企画プロデューサー・地域アドバイザー・企業コンサルタントなど、多方面で活躍中。脚本を担当した映画「おくりびと」は第31回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。江戸時代に創業した京都の老舗料亭「下鴨茶寮」等の経営にも手腕を振るう。 九州新幹線全線開業の地域振興キャンペーン「くまもとサプライズ」でアドバイザーを務め、“くまモン”を誕生させた。

「一見、不用だったり不便なことが、便利なものの間に挟まっているからこそ、暮らしは豊かになる」

※小山薫堂さん:以下 小山、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

事務局:
雑誌「Pen」(9月1日号)の特集「小山薫堂さんと、日本らしさについて考えてみました」の中で、“世界に紹介したい、温もりあふれる日本の手仕事”を紹介されていました。
なぜ今、手仕事や、温もり・心の豊かさ・季節に寄り添う暮らしなどについて改めて考える必要があるのでしょうか。
小山:
これまで便利なものばかりを追求してきて、ふと振り返った時、切り捨てたものの中に日々暮らしている喜びや幸せがあったのではないか、と思うことがあります。たとえば少しでも仕事ができないと切り捨てて、仕事ができる人ばかりの会社って、尊いものを一緒に捨ててしまっているようでつまらないと思うんです。僕がNHKの合唱コンクールの仕事をやっていた時に感じたことですが、歌が上手い人ばかりを集めた合唱チームはあまり良くないというか、心に響かない。関係者の方から、いろんな音域の上手い人や下手な人が一体になった時に、すごくいい合唱になるという話を聞いたことがあるのですが、確かにそうだと思いました。
石垣も同じで、綺麗な石だけを並べても強い石垣にはならない。石工の人の話で「いろんな形の石垣を組み合わせた時に本当に強い石垣になるのだ」という記事を読んだことがあるのですが、時代のいいものばかりを並べても、その時代はそっけない、味気ないものになってしまうのではないかと思います。一見、不用だったり不便だったりするものが、便利なものの間に挟まっているからこそ暮らしが豊かになるということに、皆が気付きはじめているような気がします。
事務局:
「くまもと手しごと研究所」のFBで、熊本県内のキュレーターの皆さんが発掘・発信する内容のテーマの一つに「100年先、そしてそのずっと先まで残したいもの」という思いがあります。小山さんが残したい熊本のモノ・コトはなんですか?
小山:
たとえば天草市の「本渡第一映劇」もその一つです。先日、僕が敬愛する脚本家の倉本聰さんを、僕の故郷・天草へお連れして旅をするという番組を作りました(12月28日、BSフジにてオンエア)。以前倉本さんが「最近書きたいものがないんだよ」とおっしゃっていたので、じゃあ倉本さんが書きたいものの種がありそうなところへ行きましょう、という話になり、それを番組にしたんです。崎津、御所浦など天草のいろいろなところを回り、最後に天草市の「本渡第一映劇」にお連れしました。倉本さんが若い時に脚本を書かれた「駅STATION」(1981年11月公開。主演:高倉健)の映画フィルムを借りてきてサプライズで上映したのですが、そのことに倉本さんはびっくりして泣きそうになって…。終わってからコメントを一言いただく予定でしたが、倉本さんは感動して、気持ちをうまく言葉で表現できないようでした。
天草には映画館が一つしかありません。今は映画を観る時にはシネコンへ行くし、DVDでもウェブ上でもネットでも映画を観ることができる時代。便利なものが正解で、不便なものが不正解になっている世の中です。全てが便利になっていくために、あるいは効率が悪いものや、生産性が見合わないものはどんどんなくなっていく。でも、「実は不便の中にものすごく尊い気づきがあったり、めんどくさいことの中に忘れていた何かがあったりするよね」と倉本さんと話をしていて…。「こんなにいい故郷があるなら、なぜ事務所を熊本県に移さないんだ」と倉本さんに言われました(笑)。どこか天草の島のひとつに事務所を作ってスタッフは島の近くに住んで、会議の時にはみんな船でやってくる…そんなことをやったらいいのに、と。確かにそんなライフスタイルもありだと思いました。

気づいた熊本の素敵なものを、次にどう「広げて」いくか。
伝統を次の時代に残すためには何が必要なのか。

事務局:
「くまもと手しごと研究所」のキュレーターの皆さん、そして熊本県に住む人たちが自分の身の回りにある魅力や財産に気づくことができるようになった後は、それを次にどのように発展させていくべきでしょうか?
小山:
たとえば「くまもと手しごと研究所」のFB(11月5日/キュレーター・加藤理恵子さんの投稿)の中にあったように、上益城郡甲佐町に「天然胡桃の木」という素敵なものがあることに気づいたとします。次に必要なのは、それをどういう風に「遊んだり」「楽しんだり」すればいいかを考えること。それを全て「売ろう」とするのではなくて、「遊ぶ」ということが大事なのだと思います。僕はいつも面白いと思ったものはアイデアのポケットに入れておいて、この種をどこに撒けば、一番いい芽が出て素敵な木になって、花が咲くのかを考えています。それをラジオというフィールドに撒くのか、テレビ、雑誌に撒くのか、それとも自分の遊びに撒くか…いろいろありますよね。 天然の胡桃を甲佐町の新しい物産品として売ろう、というやり方もあるし、これを使ったお祭りを開いて、胡桃を割れる力持ちを募集したり、胡桃にペイントしてコンテストをやったら面白い…とか。また、くるみ割り人形の現代版を甲佐町で創作したらどうなるんだろう…とか。天然胡桃を例に挙げましたが、それぞれの人が発見した素敵な素材を、遊んだり楽しんだりしながら広げていくということが大切なのではないでしょうか。
事務局:
これまで雑誌や本などで熊本県内の工芸品や料理人の手仕事を紹介されていますが、それ以外に素敵だなぁと思われた手仕事との出会いがありましたら教えてください。
小山:
1年半ほど前に山鹿市に行った時、「米米惣門ツアー」でスポットを巡る中にカフェがあり、そこで見つけた切り絵のアートが印象に残っています。ガラスに挟んだとてもお洒落で素敵なものでした。残念ながらそれを作られた方のお名前などはわからないのですが…。
事務局:
伝統を次の時代に残すために必要なことは何だと思われますか。小山さん流の「和える」という言葉でいうと何と「和える」必要があるのでしょうか。
小山:
伝統をそのままの形で残すことは難しいと思います。今の時代の要素を何か加えることが必要ではないでしょうか。もし今との接点がなければ、今との接点を作ることだと思います。それは使い方もあるかもしれないし、今の時代に合うデザインの変化かもしれません。 京都の人は「伝統とは革新の連続である」と言います。常に振り返り、積み重なったところに伝統があるのだと思います。

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