special interview

vol5

「きものサロン和の國」代表

茨木國夫さん

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PROFILE

茨木國夫 [いばらき くにお]

創業100年を超える呉服専門店「きものサロン和の國」3代目。32歳の誕生日に「きもの宣言」(洋服断捨離。24時間・365日を通して、洋服は一切着ず、一生着物で過ごすこと)を公言。最初は不便な生活に戸惑い、模索しながら、やがて精神的に豊かになり、健康になっていく自分に気づく。その反面、100年前まで当たり前に日本人が着ていた着物本来の素晴らしさが現代に伝えられていない現状や課題を知り、本来の魅力を伝え、普段から着物を愛用する人を一人でも増やそうと決意。 著書に「きもの宣言」(平成21年・自費出版)、「和で幸福になる三十三箇条」(平成24年・角川学芸出版)など。そのほか、着物の季節感、着心地、着付けなどさまざまなテーマの小冊子を作り配布したり、二十四節気ごとのメールマガジン、ブログ、ホームページなどで積極的に情報発信を行っている。 平成22年「NPO法人きもの普及協会」を設立し、同代表を務める。 「熊本を着物あふれる文化の街にする」という目的のもと、平成26年10月から新たに「着物愛好家1万人運動」をスタート。

■きものサロン和の國
http://www.wanokuni.com/syoukai.html

※茨木國夫さん:以下 茨木、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

茶道は季節の美しさを凝縮した文化。
茶道に出会ったことで、改めて着物の素晴らしさに気づき、
精神的な豊かさを得ることができました。

事務局:
茨木さんは菊池市の呉服専門店の家に生まれ、24歳で家業を継いだものの、「なぜ自分は着物の魅力を伝え、売る立場でありながら洋服を着ているのだろう」と疑問を抱いたことから、32歳で「きもの宣言」をされたと聞きました。24時間着物を着るようになったことで、どんな変化がありましたか?
茨木:
家業を継いだ頃、僕は洋服を着て着物を販売していました。一念発起し、「きもの宣言」をしてしばらくの間は、仕入先の方に勧められるまま着物を着ていたのですが、真夏に勧められた素材が肌に当たって不快に感じたり、半年も経たないのに色あせたジーパンのように膝の部分が白くなり着られなくなる着物などに出合い、改めて現在の着物の現状にさまざまな課題があることに気づきました。しかし、日常で当たり前に着物を着るようになったことで、季節の移り変わりによって心地良く感じる素材と、その厚さ・柔らかさ・強さなどが微妙に変化することを実感し、また、優れた素材を見分けることができるようになりました。
周りには着物を着ている男性もいませんでした。また、着物を着ていると、お葬式に行けば住職に、そして結婚式では新郎に間違われることもありました。孤独感を感じていた中、習い始めた茶道では着物を着るのが当たり前の環境でしたので、やっと自分の居場所を見つけたような気がしました。
茶道では季節のお軸を掛け、季節のお菓子をいただくなど、季節の美しさが凝縮されています。例えば中秋の名月の頃は「水を掬(きく)すれば月手に在(あ)り」などのお軸が掛けられます。水をすくったその手にお月様を映してものを想うとは、なんて豊かなことだと思いませんか。秋は茶花に薄(すすき)を活け、外では秋の虫が鳴いている…。いつの間にか、以前は気づかなかった虫の音の美しさに聞き入るようになっていました。ある時、水の音とお湯の音が違うことに気づいて感動するなど、茶道を始めたことで、それまで気づかなかったことに気づくようになりました。また、着物で帯を締めていると腰が据(す)わり、お点前の時も美しい姿勢が保てることなどもわかってきたのです。
たまたま今日、桜の木の葉が色づいて落ち始めているのを見たのですが、そんな木々の変化や、秋空のうろこ雲、月が十五夜へと向かう満ち欠けの変化、頬を伝う風が昨日より少し冷たくなったことなど、ちょっとした変化を昔の日本人は繊細に感じ取り、しみじみと味わっていたのだなぁと思います。
人生の豊かさには、「衣、食、住、金銭などの物質的・経済的な豊かさ」と、「心が癒され満たされる、精神的な豊かさ」があります。以前、僕はその両方がないと豊かではないと思い込んでいました。しかし、たとえば「夏木立(なつこだち)」などの季語から思い浮かぶ景色と対話する心地よさや豊かさには全くお金がかかりません。むしろ、そこから得た知性や教養はお金では買えないものです。僕は、「きもの宣言」をしたことで、もともとあったのに忘れ去られている、日本の和の中にある知恵や教えに目を向け、尊ぶことで精神的に豊かになれるという最も大切なことを知りました。
そのことを多くの人に伝えたくて、僕はさまざまな形で情報発信をしています。御縁をいただいた方々に二十四節気ごとにメールマガジンをお送りしたり、お客様にお送りする便りには、季節に合う禅語や和歌、唱歌の歌詞などを添えています。その中で、季節の始まりを意識して自然に目を向ける提案をしたり、その月々に感じられる言葉の美しさや込められた思いを共有したいと考えています。二十四節気はまさに「季節の夢先案内人」です。季節の移り変わりを見て感じながら、先人が作り上げた言葉に想いを馳せることで、美意識が育まれ、感性が養われます。「最近は秋が無くなりましたね」などという言葉を聞くことがありますが、無くなったのではなく、それを感じ喜ぶことができる感受性が失われているのだと思います。
日本には四季があります。いにしえの時代から日本人は自然を畏れ敬い、自然を教科書として多くの知恵や気づきを得てきました。着物と四季の移り変わりにも非常に深い関係があります。
和食では、食材が出始めの頃に初物をいただく「走り」、出盛りの時期を味わう「旬」、終わりの時期にもう一度味わって次の季節を心待ちにする「名残り」という3つの楽しみ方があります。しかし着物は和食とは少々異なり、基本的に「季節の先取り」を楽しむことが粋とされます。たとえば、まだ実際には桜がつぼみの頃、着物は満開の桜の柄を身に着けます。着物で季節を先取りすることによって、「今」の自然界で最も美しく精一杯咲く花を尊び、それをたたえるのが日本人の美意識であり、着物の神髄なのです。

着物を着ると、なぜか自然に「気配り」「目配り」できるようになります。

事務局:
着物の魅力と、身体や心に及ぼす影響を教えてください。
茨木:
今、「姿勢が美しいなぁ」と思える人に出会うことが少なくなった気がします。丹田(おへその下)あたりに帯や紐をキュッと締めると姿勢が良くなります。「帯はきつくて苦しいもの」と思われたり、着付けの際にそう言われたりすることが多いかもしれませんが、実際にはそうではありません。ウエストに巻くときつい帯も、丹田の位置に締めると自然と背筋が伸びて姿勢が良くなります。
僕は仕事を終えると着物から作務衣に着替えますが、そのままパソコン作業などをすると姿勢が悪くなり疲れやすくなります。そんな時は丹田の場所に腰ひもをギュッと締めると気合が入り、集中力が増します。
洋服にはない着物姿の特徴の一つに「帯結び」があります。洋服は前からの姿を重視しますが、着物は前姿の美しさはもちろん、帯が後ろ姿の「顔」になっています。女性の帯結びは後ろにあるので自分では見えず、そのため時折後ろに手をやって乱れていないか確認するしかありません。そのしぐさも、着物の美しい所作の一つです。
もともと、後ろや見えない部分にまで気配りをすることが日本人の美徳でした。「見えないところに気配を感じる」という言葉もあります。現在の生活の中では、気配りをすることは特別のように思われていますが、不思議なことに着物を着るとその気持ちがよみがえってきます。
また、衿が乱れないように、裾がほどけないようにと自分に「目配り」するうちに、周囲の自然や環境にも目配りをするようになります。自分には見えないのに、後ろの「帯結び」の美しさを周りの人に見せてあげるなんて、世界で日本の民族だけです。まさに「着物」は「気物」ですよね。
現在、外反母趾で悩んでいる女性も多いと聞きますが、草履や下駄などを履くと、鼻緒で指の間のツボが刺激され、足の指がのびのびと解放される心地良さを感じることができます。「きもの宣言」をしてから20年余り。僕は着物によって変化する心や身体のあり方一つひとつを体感してきました。

事務局:
「着物は高価できゅうくつ」といった意識を持っている方が多いと思うのですが、それについてどう思われますか?
茨木:
僕は一年のうち7割程度の割合で「木綿」の着物を着ています。木綿は絹や麻ほど歴史が古くはないのですが、室町時代に中国から日本に伝来し、江戸時代になって庶民に広がりました。そして日本各地で木綿縞(もめんじま)や木綿絣(もめんかすり)が生まれ、衣料に欠かせない素材になりました。「用の美」をとなえる民藝運動で知られる故・外村(とのむら)吉之介氏の著書「木綿往生」でも、木綿が衣類を経て雑巾にまで大切に活かされる素晴らしさが説かれています。木綿は吸水性や通気性が良いため、湿度が高い日本に最適の素材で、着れば着るほど肌触りが良くなっていきます。僕が風邪もひかず、病気知らずでこんなに元気なのは、天然素材の木綿を着ているからだと思います。
真夏には麻素材や綿麻などの素材の着物を着ることもあります。また、そんな時、気温がやや下がるだけで、麻が肌に触れると寒く感じるようになります。そんな季節の移り変わりを着物の素材が教えてくれるのです。
着物には、「着用目的」があります。洋服に例えるなら、普段着るジーンズが木綿の着物、男性のスーツは紋付袴(もんつきはかま)、女性のドレスは訪問着です。目的に合った着物を選び、着ることが大切です。「着物デビュー」をされる方には、肌触り・着心地が良く、着崩れしない、木綿・麻・紬などをおすすめしています。
一方、日本には、世界に誇る友禅染、刺繍、手織りのように繊細な染織技術が継承されていることも忘れてはいけません。着物を理解し、愛用することは、着物文化に関わる方々の技術を応援することであり、生活を支えることにもなります。そしてそのことによって私たちは高い美意識を得ることにつながります。
近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」という『三方良し』の精神のように、着物を作る人、着る人、そしてそれを結ぶ僕たちの想いが良い形で発展していくことを目指しています。
事務局:
特に「こんな方々にもっと着物を着てほしい」と思われる対象はありますか?
茨木:
特に年齢を重ねた男性の方々ですね。たとえば、結婚式の新郎の袴姿、剣道・弓道の袴姿は凛としてカッコ良く見えます。袴をつけると気合が入り、姿勢がまっすぐになることで魅力が高まるのです。
「姿勢」という言葉は、「姿」と「勢い」と書きます。姿勢を正すには、腹筋だけでなく背筋の力も必要ですが、慣れると姿勢が良い方が楽になり、前向きな気持ちになれます。また、良い姿勢はどの角度から見ても勢いがあり、若々しい印象を与えます。
「着物は女性のもの」と思っていらっしゃる男性が多いのですが、かつて武士が茶道や華道などの「道」を嗜(たしな)み極めたように、男性と着物には深い関わりがあります。今後は、会社のトップや地域のリーダーを務める男性に、恥ずかしがらずに公の場で着物を着る機会と、関連する素晴らしい日本文化に触れる機会を増やしていただきたいと思います。そのことによって、熊本が更に魅力的な地域になることを確信しています。

茨木國夫さん・ゆりさんご夫妻。
お2人は現在、仕事や活動の傍ら、「くまもと手しごと研究所」の約90名のキュレーターの一員として、着物や浴衣、能などの文化をテーマに季節と暦の情報を発信中。


■「くまもと手しごと研究所」フェイスブック
https://www.facebook.com/kumamoto.teshigoto

茨木さんが愛用している、渋皮で染めた財布と「ふんどし」。越中守(えっちゅうのかみ)であった細川忠興公に由来するという説がある「越中ふんどし」を着用し、その機能性と心地よさに開眼。その後、より機能性を求めてオリジナルの天然藍染ふんどしを開発した。「『着物を着るのは恥ずかしい』という男性は、まず、下着をふんどしに変えることで、身が引き締まり集中力が増すことなど、身体と心が感じる変化を実感してみてください。もちろんスーツの下にも着用できます。まずは休日や就寝時にその心地良さを試してみてください」と茨木さん。

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