special interview

vol6

工業デザイナー/イラストレーター

水戸岡鋭治さん

shadow

PROFILE

水戸岡鋭治 [みとおか えいじ]

1947年、岡山市吉備津出身。 1972年、「ドーンデザイン研究所」を設立。 「クルーズトレイン ななつ星in九州」、「SL人吉」、「A列車で行こう」、「あそぼーい!」など、JR九州の列車を中心に、熊本駅ビル、博多駅ビル、高速船甑島(こしきしま)など全国の公共デザインや建築物のデザインを多く手掛ける。車両や建造物のパース(完成予想図)、動植物、自然風景などを緻密に鮮やかな色彩で表現するイラストレーションでも知られている。平成26年10月、開業90週年を記念して運行を開始した熊本市の新型車両「COCORO」のデザインを担当。

※水戸岡鋭治さん:以下 水戸岡、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

水をデザインすることは生活をデザインすること。
かつてまちに水を引き、水害から人を守るリーダーがいたお蔭で、
今の熊本があります。

事務局:
視察に訪れた「江津湖」で、その自然環境の素晴らしさに驚かれたと聞きました。
水戸岡:
熊本には江津湖があるから、そこまでぐるっと走る路面電車があるといいなぁって。(※水戸岡さんは「COCORO」のデザインのための視察の時、特に印象に残った2つのエリアを「新町古町プロジェクト」、「江津湖できたらいいなプロジェクト」と題し、その活用案やシンボルマークを展覧会で発表) 熊本市長と一緒に江津湖を歩きながら、熊本は「水」が大きなテーマであるということを繰り返し伺いました。水があるところには動植物が育まれ、豊かさが生まれます。水は空の美しさを映すなど、世の中のあらゆるものを映し込む命の源です。私たちはこの素晴らしい水の中で生きている動物で、最も美味しい水と最も美味しい空気を享受しています。水をデザインすることは生活をデザインすることです。水がいかに私たちの精神構造に良い影響を与えているか。そのことを訴えていくことが最も大事なのだと思います。江戸時代以前から、まちのリーダーにとっては、いかにしてまちに水を引き、いかに水の害から人を守るかということが一番重要なテーマでした。熊本にもかつてそんなリーダーがいたから、今、このまちがあります。そんな大切な存在ですから、丁寧に扱いたいですね。
熊本市現代美術館で行われたデザイン展の最終日(平成26年9月15日)に、運行開始前の試運転を行った新型車両「COCORO」の様子を見学する水戸岡さん。「COCORO」のデザインには、水戸岡さんが熊本のまちを歩き、様々な場所に佇み、人の声に耳を傾けながら生まれた思いや願いが込められています。この日、近くをたまたま通りかかった人たちは、笑顔で車両に手を振る水戸岡さんの存在に気づき驚きながら、一緒に嬉しそうに手を振っていました。

伝統工芸を生かすには、デザイン力が必要。その時代の様式に合い、多くの人が望んでいるものを伝統の中にどれだけ組み込めるか、
そして現代の用と美にどうやって持ち込む力があるかです。

事務局:
九州新幹線800系や「クルーズトレイン ななつ星in九州」には八代特産のいぐさを使った「いぐさのれん」(夏季限定)が採用されています。熊本県には歴史や風土と密接に結びついた様々な伝統工芸があります。
今後、伝統工芸が様々な場面で求められ受け継がれる存在になるには、どのようなことが必要だと思われますか。
水戸岡:
金沢の伝統工芸である釉裏金彩(ゆうりきんさい)の技法で国の無形文化財(人間国宝)に認定された吉田美統(よしだみのり)さんもおっしゃっていましたが、「伝統工芸を生かすには、デザイン力が必要」です。その時代の様式に合い、多くの人が望んでいるものを伝統の中にどれだけ組み込めるか、そして現代の用と美にどうやって持ち込む力があるかです。
仕事の中には伝統を守るための「務め仕事」と、食べて生きていくための「稼ぎ仕事」があります。例えば、漆を15回塗って仕上げる6万円の塗物を、若い人たちに5,000円で売るとしたら、塗る回数を1.3回に減らしてモダンなものに仕上げる工夫が必要です。そういう提案をすると「そんなことはできない!」と怒る職人さんもいますが、それができたら売れます。昔は当然のように、大人たちは社会人としての「務め仕事」と「稼ぎ仕事」を50%ずつ分けていました。その50%の務め仕事が家族や環境を守ってきたんです。戦後、男たちが企業戦士として働くようになり、「稼ぎ仕事」の割合を100%にしたことで、多くの家庭が崩壊に向かいました。今、その「務め仕事」と「稼ぎ仕事」の割合をもう一度きちんと見直す時です。

事務局:
JR九州「クルーズトレイン ななつ星in九州」は、10月15日に運行開始から丸1年を迎えました。ななつ星には、昨年6月に78歳で亡くなられた有田焼の国重要無形文化財(人間国宝)、十四代目酒井田柿右衛門さんの遺作となった洗面鉢なども使われていますね。
水戸岡:
ヨーロッパの豪華列車「オリエンタル・エクスプレス」にラリックの素晴らしいガラス細工が使われています。九州でそれに匹敵するものは何だろう、と考えた時、有田焼しかないと思いました。最初、柿右衛門さんは電車の仕事なんて相手にしてくださらないだろうと思ったんですが、行ってみたところ、柿右衛門さんは「何でもします」とおっしゃってくださいました。僕は柿右衛門さんが癌という病気を抱えていらっしゃるということを最後まで知りませんでしたが、きっとこの「クルーズトレイン ななつ星in九州」の仕事をすることで、息子さん(現・十五代酒井田柿右衛門)に仕事と伝統のバトンタッチをしたかったのではないかと思います。

戦後、失った時間を取り戻すために行った見事な祭事。それが僕の記憶の中に残っています。
だから僕は日本の伝統を踏まえた美しくきちんとしたデザインが心地良く好きなんです。

事務局:
水戸岡さんの「こよみ」や「季節感」に関する思いを教えてください。
水戸岡:
僕が子供の頃は、季節の中で生きていた気がします。日本は自然の中に季節を作っていましたが、自然の中に季節を作れなくなった現代においては、人が作るしかないところに来ているような気がします。家庭の中で季節を表現するのは親の役割ですよね。毎日の食事や、お正月など一年を通した行事を親がきちんと行えるかどうか…。日本の長い歴史の中で最も季節感、祭事が見事に行われたのは戦後でした。なぜかというと戦争が長かったので、その間、全く祭事を行うことができなかったんです。戦争が終わり、これから生きていこうという時に、失った豊かな時間を取り戻すために、お正月や祭りなど、見事な祭事を行ったんですね。それが僕の記憶の中に様式として残っています。だから僕は日本の伝統を踏まえた美しくきちんとしたデザインが心地良く好きなんです。
「人の能力はみんな違う。人は神様が与えてくれた能力を自分のものだと思っているけれど、他の皆のために発揮するために与えられたものなんです。人はいろんなポジションで適材適所が与えられたら、それぞれに役目を完璧に果たすだろうと僕は信じています。人には誰にも役目があり、役割がある。それはとても大きな演劇をやっているようなもので、総監督、演出家、脚本家、大道具、小道具、照明、主役、脇役…それぞれがその役割をきちんと果たせば完成する。それが人生で、まちそのものじゃないですか」とまちづくり(人づくり)について語る水戸岡さん。

感動の量が人生の豊かさにつながる。子供たちにそんな感動を与える人・事・ものを作るのが僕たちの仕事です。

事務局:
熊本市現代美術館で開催されたデザイン展では、会場内をミニトレインが走ったり、いきなり団子や飲み物が味わえる飲食スペースが設けられたことも話題になりましたね。
水戸岡:
美術館には、すごい絵がある、といったことに加えて、「嬉しい、楽しい、面白い」などの要素がないと人は来ません。その空間でひと時を過ごすためのサービスが必要です。ヨーロッパの美術館の中には良いレストランがあり、訪れた人はそこで休憩して、もう一度美術品を観ます。美術館とは、時間と文化を生活の一部にしていこう…という場所なんです。どうやって人を育て、人は育つのか。どうやって良い意識を持てるようになるのか…という根本にあるのは「環境」です。優秀な子供は自分で勉強して身につける力を持っています。しかし60%の子供たちは自分の力ではどうにもできない。そこで、知らず知らずに良いものを見て、良いものを使いながら育っていくような「環境」を作ることが必要です。子供が育つ「人・事・もの」の環境が壊れてしまった今の日本で、その環境を早く作らなければ次の世代が育ちません。それが僕のテーマです。だから僕は子供たちのためにやるんです。子供たちが最初に訪れた美術館が「こんなに楽しいものなんだ」という記憶と感動を強く残したいんですね。そして、そういう場所に連れて行ったり、一緒に遊んだり、良いことを教えるのが大人の役割です。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんが「展覧会に行こう」というから子供もついて行く。子供のためであるけれど、結果的に家族が心地よく過ごせて団らんが生まれる場所を作ることが大事なんです。
JR九州の列車も「家族団らんを電車の中に作ろう」というのがテーマです。思い出はいつも食べ物の中にある。美味しいものを食べたり飲んだりすると、景色が自分の記憶として身体に残ります。3世代が一緒に食べたり飲んだりしながら季節の自然を眺める楽しさを、皆さんもわかってきたのではないでしょうか。
感動した事だけが記憶に残ります。感動が大きければ大きいほど、その記憶は鮮明で、その時の情景を見事に思い出す事ができる。一緒にいた人、自然の香り、食べ物の味まで全て思い出せるくらいの力があります。感動の量が人生の豊かさにつながるんですね。子供たちにそんな感動を与える人・事・ものを作るのが僕たちの仕事です。
現代美術館で行われた展覧会の会場内に再現された、「クルーズトレイン ななつ星in九州」の空間で、しばしくつろぐ水戸岡さん。

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