県央の旅食
Vol.2

夏本番。実り豊かな県央の旅

九州のほぼ中央に広がる、熊本・上益城・宇城エリア。
阿蘇に端を発する白川や、九州山地に始まる緑川は山間のまちを走り、
広大な平野を潤しながら遠浅の海へと流れ込みます。
穏やかな気候と清らかな水、豊かな緑に恵まれた県央地域には今年も、実りの季節が訪れています。

ブドウ棚の甘い香りに心酔。土の中は天然の保存庫

真夏の太陽は、甘みたっぷりの果実を育みます。宇城市にある「マツムラ農園」代表の松村和則さんを訪ねました。宇城地区は県内有数のブドウの産地。江戸時代後期の干拓によりミネラル豊富で水はけのいい土壌があることや、海苔養殖の閑散期の副業にできることなどから、約30年前からブドウ栽培が盛んになりました。
「草の根が土を耕し、刈り取った草や米ぬかなどを微生物が分解し、栄養分にしてくれるから、無農薬で作っています」と、代表の松村和則さん。
もぎたての巨峰を一粒口に含むと、完熟前とは思えぬほどの甘さと香り!畑の生態系を大切にすることでこんなにおいしいブドウが育つと知って驚きました。
熊本に夏を告げるもうひとつの作物といえば、レンコンです。「肥後れんこんの里」(松橋町)で、代表の作本弘美さんにお話を伺いました。
「1909(明治42)年、桑畑と桑畑の間にできた溝田(湿地)を有効利用するために栽培しはじめたのが、松橋のレンコンのはじまりです。」
松橋町や熊本市西区界隈の早出しハウスレンコンが6月~8月上旬に収穫するのに対し、作本さんの手がける露地ものは8月から翌3月末まで。泥の中が天然の保冷庫として機能するため、注文に応じて収穫するそうです。実は、店頭で熊本県産の“掘りたてレンコン”を見かける期間が長いのが不思議でたまらなかったのですが、ようやく腑に落ちました。

【写真(左)】
「作業の機械化が進む野菜と違って、ブドウは栽培~収穫まですべてが手作業。大変だけど、手をかけた分おいしくなるから面白い」と話す松村和則さん
【写真(右)】
完熟間近の巨峰。朝夕の気温差で色と甘みがのっていくのだそう
【写真(左)】
ハウスの片隅で見つけたのは、お母様がブドウ棚の作業をするときに履くお手製の高下駄
【写真(右)】
ハウスでいただいた巨峰。滴る果汁がもったいなくて、夢中で味わいました
【写真(左)】
生産者グループを束ねる作本弘美さん。さまざまな野菜を手がけ、使い勝手のいい加工品づくりにも積極的
【写真(右)】
九州新幹線の傍らに広がるレンコン畑。大きな葉の隙間から顔をのぞかせていた花も終わり、いよいよ出荷時期に
【写真(左)】
土壌の改良と栄養補給に用いるのは、大豆や米ぬか、鶏糞、カニ殼などを微生物に分解させた自家製肥料。発酵中の肥料の山に近づくと、ほんのり温かい
【写真(右)】
朝採りアスパラの出荷作業も行われていました
■マツムラ農園(代表 松村 和則さん)
宇城市松橋町御船652-1
tel. 0964-33-0302
※マツムラ農園のぶどうは、生協などを通じて販売されています
■肥後れんこんの里(代表 作本 弘美さん)
宇城市松橋町東松崎233
tel. 0964-32-4859

籠城対策と藩主の健康対策!? 熊本城と蓮根の話

「昔はレンコン畑のことを、レンコン堀(ぼり)って言いよった」。「肥後れんこんの里」代表の作本さんの一言が気になって調べてみると、そのルーツは意外なところにありました。加藤清正公時代の熊本城です。
“築城の名手”とも呼ばれた清正公は1588(天正16)年に肥後へ入国した際、隈本城(古城)の防御機能の不十分さに驚き、新たな熊本城を築きました。石垣や堀を整備するとともに、万一の籠城に備え、城の随所に食料となりうる素材を散りばめたといいます。外堀に植えたレンコンもそのひとつ。「レンコン堀」とはどうやら、ここから派生した言葉のようです。それにしても、日本で食用レンコンの栽培が本格的になったのは明治期以降と言われていますから、清正公の先見に驚きます。
熊本城とレンコンのエピソードとして有名なのが「からし蓮根」です。加藤家の次を治めた細川忠利公は幼い頃から病弱で、体質改善のためにレンコンを食べることを薦められていました。「藩主として着任した忠利公の健康を考慮し、賄い方40数名が集められ、レンコンを使った料理を考案することになりました。そのうちのひとり、平五郎が編み出したのが『からし蓮根』です。忠利公はこの料理をたいそう気に入られ、細川藩秘伝の栄養食となったと伝え聞いています」とは、平五郎の子孫で熊本市中央区新町にある「森からし蓮根」副社長の森久一郎さんです。
食欲増進作用のある和辛子を麦味噌と混ぜ合わせて穴に詰め、ソラマメの粉や麦粉、卵の黄身を衣にした「からし蓮根」。輪切りの断面が細川家の九曜(くよう)紋に似ていることもあり、しばらくは門外不出の料理とされたという説もあります。明治期に入ると一般にも広く知れ渡るようになり、熊本の郷土料理の代表格となりました。
「からし蓮根の手作り体験」ができると聞いてやってきたのは、新町の「村上カラシレンコン店」。社長の村上範年さんは「からし蓮根を身近に感じていただきたくて始めました。国内だけでなく、海外からの観光客にも人気なんです」と語ります。トレイに置いたからし味噌に、下処理をした蓮根の下側を何度もこすりつけることで穴の中に自然とからし味噌が入り込み、空気を含まぬように詰められるのだそう。すべての穴からニョロっとからし味噌があふれ出す様子が面白いのです。その場で揚げてもらい、アツアツの状態で食べるからし蓮根は、普段食べるものよりも鼻に抜ける辛さが際立って、クセになる美味しさでした。

【写真(左)】
20年後の完成を目指し、復旧工事が行われている熊本城(7月末現在)
【写真(右)】
「森からし蓮根」の「からし蓮根」。お土産ものとしても人気です。
底面をこすりつけるようにして少しずつからし味噌を詰めていくのがコツだそう
【写真(左)】
村上カラシレンコン店の社長 村上範年さん「からし蓮根にケチャップとトマト、チーズをのせて焼き、ピザ風にしてもおいしかですよ」
【写真(右)】
村上カラシレンコン店のカラコロバーガー。刻んだカラシレンコンの食感と辛味があとをひくうまさ
■熊本城
熊本市中央区本丸1-1
tel. 096-352-5900(熊本城総合事務所)
https://kumamoto-guide.jp/kumamoto-castle/(別窓リンク)
※熊本地震による被害復旧工事により現在、城内へ立ち入ることはできません。二の丸広場や加藤神社、そのほか周辺からの見学となります。
■村上カラシレンコン店
熊本市中央区新町3-5-1
tel. 096-353-6795
営業時間: 8:30~17:00
休:土曜
<からし蓮根手作り体験>
体験受付/10:00~14:00
料/1人1300円(約40分)
2名~受付、前日までの要予約
■森からし蓮根
熊本市中央区新町2-12-32
tel. 096-351-0001
営業時間:8:00~17:00
休:不定

城下町の風情に魅せられる新町古町そぞろ歩き

ところで新町は、清正公が熊本城築城の折に整備した城下町です。5つの城門に囲まれた城内の新町エリアは短冊形の町割りが特徴で、武家屋敷と、職人や商人が住む町人町とが混在するのは、全国でもめずらしかったそう。敵が攻め入ってきた時に備えて道にクランクを多く設け、見通しを悪くするなどの戦略的なつくりは今もそのままです。
碁盤の目状の町割りが特徴の古町エリアも、清正公が整備した城下町。「古町案内人」の平野正剛さんと、“古町小町の瑠璃さん”に、まちを案内してもらいました。
「“一町一寺(いっちょういちじ)”といって各区画に1つずつお寺が置かれているのが古町の特徴です。火事による延焼防止と同時に、軍事拠点として整備されたそうで、今でも20近くのお寺があるんですよ」と、平野さん。
瑠璃さんがお気に入りの場所として案内してくれたのが、創業100年を超える老舗履物店「武蔵屋」。3代目の歌津十紀雄さんの作る下駄や草履はこれぞ職人技!足に馴染むような履き心地に驚きました。
新町・古町界隈では近年、街並み保存の取り組みが盛ん。熊本地震によって倒壊・損傷してしまった家屋もありますが、一方で「使うことで建物を守る、街並みを守る」という視点で頑張る店主も多いそう。「早川倉庫」の早川祐三さんもそのひとりです。自らの手でコツコツと整備した倉庫の2階はイベントスペースとして生まれ変わり、現在はマルシェやライブなど多くの人を集める“場”となりました。
間口が狭く、奥に細長い昔ながらの町屋の風情をそのままに残す建物も多いこのエリア。バナナの室を持つバナナ専門店や、こんにゃくの店、八百屋や書店、カフェなども立ち並ぶ界隈はそぞろ歩くのが楽しくて、あっという間に時間が過ぎていきます。次は是非、浴衣でのんびり歩いてみようと思うのでした。

【写真(左)】
地図ではわからない魅力もわかる案内人とのまち歩き。興味に合わせてコースを作ってくれます(前日までの要予約)
【写真(右)】
坪井川沿いの町屋を利用したレストランや商店には、熊本城への物資を舟で運んでいた頃の荷揚げ場なども残されています
【写真(左)】
左から古町小町の瑠璃さんと、早川祐三さん、古町案内人の平野正剛さん
【写真(右)】
創業100年を超える「武蔵屋」。竹皮草履や小国杉を使った昔ながらの駒下駄、山葡萄の皮を使った下駄などさまざまな履物を手作りしています
【写真(左)】
にごり酒の醸造所から履物問屋、貸し倉庫業へと変遷を遂げた「早川倉庫」。2階には熊本城で使われていたといわれる柱なども
【写真(右)】
早川倉庫で見つけた江戸時代の城下町の鳥瞰図。古町や新町の町割りが当時と変わっていないことがわかります
■古町案内人の会
参加者1人あたり500円(所要時間約60分)
問/096-355-0601(平野さん)
■早川倉庫
熊本市中央区万町2-4
tel. 096-352-6044
営業時間: 8:00~18:00
休:日曜、祝日
http://hayakawasouko.com/(別窓リンク)

お殿様が愛した風景やな場でアユに舌鼓

すっかり歩きつかれたところで、涼とおいしい食事を求めて甲佐町へ。町のあちらこちらに小川が流れ、歩いているだけで水のせせらぐ音に癒されます。町を北から南へ貫く緑川はアユのメッカとして知られ、毎年6月1日のアユ漁解禁から10月末までは、多くの釣り人たちが集います。
「甲佐やな場」は、平日だというのに多くの客で賑わっていました。代表の米村征一郎さんによれば、水田用水の調整池にアユがたくさんいるのを見た細川忠利公が地元住民らの力を借り、この地にやな場をつくったのが始まりだそう。以来、やなで踊る落ち鮎を見るのを楽しみに、歴代藩主が訪れたといいます。昭和に入るとやな場を囲むように食事処が築かれました。“やな”に打ちつける水音は極上のBGM。刺身やうるか、たで酢で味わうふわふわの塩焼きも格別です。
「用水路の取水口には、加藤清正公がつくった「鵜の瀬堰(うのせぜき)」があって、大雨などの時には堰を閉めるから、やな場も壊れることはありません。かつては緑川も何度も氾濫していたようですが、町に何百とつくられた水門のおかげで台風でも安心しておられます」と米村さん。水上にせり出す茅葺屋根の東屋もまた、清正公による治水の賜物だったとは!気づけば、清正公の偉業をたどる旅になりました。

【写真(左)】
水上にせり出す茅葺屋根の東屋はなんとも風情があります
【写真(右)】
毎年、6月の漁期を前に組み替えられるというやな場。まだ青々とした竹の上には秋の落ち鮎のシーズンになると、多くのアユが踊ります
【写真(左)】
「父が考案したアユ料理を提供しとります。夏の若鮎も、秋の落鮎もおいしかですよ」と話す、米村征一郎さん
【写真(右)】
新鮮な鮎の刺身に、塩焼き、鮎うるか、鮎の吸い物など、アユづくしの料理
■甲佐町やな場
上益城郡甲佐町豊内19-1
tel. 096-234-0125
営業時間: 11:00~20:00(オーダーストップ18:30)
期間:6月1日~11月30日

「くまもと季節の旅食 県央編」春陽さん特製のおうちごはん

干拓地を利用して作られるブドウにレンコン、時代を超えて受け継がれる街並みや食文化。たくさんの魅力に刺激を受けた今回の「くまもと季節の旅食」は、先人への畏敬と夏の滋味にあふれたもの。
「マツムラ農園」の巨峰は、熊本城築城当時から庶民の酒として親しまれ、藩の御国酒として守られた「赤酒」とともに大人のゼリーに。「肥後れんこんの里」のレンコンはみずみずしい食感と辛子味噌の風味が際立つ、からし蓮根風サラダになりました。同じく「肥後れんこんの里」で見つけた蓮根粉とアスパラ粉を使った冷やしだご汁を添えれば、夏の名残を味わう食卓に。晩酌のお供にもぴったりです。是非、お試しくださいね。

<詳しいレシピはこちら>
■熊本の赤酒と巨峰のゼリー甘酒かけ by くまもと食旅春陽食堂
https://cookpad.com/recipe/4645945#share_url(別窓リンク)
■新感覚辛子蓮根!松橋百年蓮根のサラダ by くまもと食旅春陽食堂
https://cookpad.com/recipe/4646245#share_url(別窓リンク)
■冷やしだんご汁 by くまもと食旅春陽食堂
https://cookpad.com/recipe/4648852#share_url(別窓リンク)

文と写真:木下真弓(Coto-lab.)
レシピ作成:相藤春陽(春陽食堂)

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