老舗和菓子店の新たな物語創業111年目の再スタート

平成26(2014)年6月、明治から続いた老舗のある和菓子店が、107年ものの歴史に幕を下ろしました。熊本市の中心地、新市街にあった「四ツ目」。上品な甘さのあんこを、ふんわりとしたカステラ生地で包んで焼いた「四ツ目饅頭」が看板商品でした。その昔は高級なお菓子として、なかなか手が届かない存在だったというこの四ツ目饅頭は、創業からずっと同じ製法、味を守り抜いてきたお菓子。当時、一世紀以上の歴史をもつ老舗閉店のニュースに、惜しむ声が方々から多く聞こえていたことを思い出します。その名店が、看板商品とともに復活したのが、平成29(2017)年の12月。創業111年目の老舗和菓子店の再スタートは、多くの人にとって思い出の味の復活にもなりました。

Vol.19

阿蘇郡西原村の和菓子店「四ツ目」インタビュー

西橋銑一さん  淸美さん  後藤幸代さんインタビュー
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PROFILE

(右から)西橋 銑一にしばしせんいち後藤 幸代ごとうさちよ西橋 淸美にしばしきよみ
(右から)

西橋 銑一にしばしせんいち

後藤 幸代ごとうさちよ

西橋 淸美にしばしきよみ

明治40(1907)年に創業した「四ツ目」。昭和5(1930)年から熊本市の新市街で営業をしていたが、平成26(2014)年6月に惜しまれながらも閉店。あんこをカステラ生地で包んで焼いた「四ツ目饅頭」は創業以来からの看板商品で、多くの人から愛されていた。閉店から3年半後、平成29(2017)年12月に、阿蘇郡西原村で再開した。

「本当はね、ひっそりと再開するつもりだったんです」。そう切り出したのは、「四ツ目」3代目西橋銑一さんのご夫人、淸美さん。ところが、3年半ぶりの四ツ目復活が新聞記事になり、瞬く間に話題が広がり、テレビ番組で紹介され、再開のニュースを耳にした昔から贔屓にしていたお客さんをはじめ、多くの人が連日のように四ツ目饅頭を求めて訪れています。中には、100歳になるおばあちゃんが、「どうしても四ツ目饅頭を食べたい」と、施設の人とともに来店されたこともあったといいます。誰かの人生の中の、ほんのひとときの時間にそこにあった和菓子が、これほどまでに「もう一度食べたい」と心をかきたてる存在になることに感慨を覚えます。製法、味わいを変えずに、ひたむきにものづくりに向きあってきた職人にとって、これほどのご褒美はないと思います。

饅頭の名前は、公募?!
創業者は稀代のアイデアマン。

「四ツ目」の創業者は、西橋新九郎(しんくろう)さん。稀代のアイデアマンとして代々語り継がれ、その逸話が数多く残っています。西橋家の次男坊として生まれた新九郎さんは、10歳の頃から、熊本の古町にあった和菓子屋で奉公していました。奉公明けに独立か、と思いきや、新九郎さんは今で言う“自分探し”の旅にでかけます。その行き先は、アメリカ。途中フィリピンで商売の種になるタイマイの調査に立ち寄り、パナマ運河の建設現場で働いて旅行の費用を捻出し、アメリカまでたどり着いたといいます。地図を広げて見てみると、壮大なスケールの自分探しの旅です。当時は、船で移動していたことを考えると、何が新九郎さんをそこまで突き動かしたのか、興味がわいてきます。

明治39(1906)年に起きたサンフランシスコの大地震に遭遇し、九死に一生を得て帰国した新九郎さんは、これまでの旅で得た発想を、新規事業に取り入れていきました。そのひとつが、商品名の公募でした。「ダン箱と呼ばれるお菓子を入れる箱をひき車に乗せて、もうすぐ和菓子店をオープンさせることを宣伝しながら歩きまわったそうです。話題づくりのためでしょうね、そこで饅頭の名前を公募したのです。賞品、というか採用のお礼が牛肉2キロだったと聞いてます。その当時にしては、斬新なアイデアだったと思います」と淸美さん。創業者の新九郎さんについては、2代目が折りにふれて語ってくれたといいます。

再開した新しい店舗にあるダン箱と呼ばれるいれもの。明治40年の創業から愛用してきた道具で唯一残っているもの。111年の歴史の厚みを感じる佇まい。四ツ目の名付け親は当時の熊本市会議員という話しだが、名前の由来は明らかではないという。
再開した新しい店舗にあるダン箱と呼ばれるいれもの。明治40年の創業から愛用してきた道具で唯一残っているもの。111年の歴史の厚みを感じる佇まい。四ツ目の名付け親は当時の熊本市議会議員という話しだが、名前の由来は明らかではないという。
新しい店舗には、和菓子の木型が店内のインテリアとして再利用されている。古いものに対しての愛着が、店内の至るところに感じられる。
新しい店舗には、和菓子の木型が店内のインテリアとして再利用されている。古いものに対しての愛着が、店内の至るところに感じられる。

「四ツ目」の看板商品である四ツ目饅頭は、創業当時から形、製法など、ほとんど変わっていません。家紋である「丸に木瓜(もっこう)紋」をかたどり、ほのかな甘みがあるカステラ生地であんこを包み、ふんわりと焼いた四ツ目饅頭は、創業から間もなく人気を博し、20人の職人を抱えるまで繁盛しました。

時代の変化と流れの中で、
変わらなかった饅頭の味。

お馴染みの熊本市の新市街に移店したのは、銀丁百貨店ができた昭和5(1930)年のこと。工場を兼ねた店舗とともに、銀丁百貨店にもテナントで出店。「まわりの和菓子店よりも少し高めの金額だったので、お茶の先生方からも“高級なお菓子”としてなかなか手が届かない代物だったようです」と3代目の銑一さん。戦争を機に一時熊本市の島崎に疎開したものの、再び同じ場所に戻って商売をはじめ、戦後も飛ぶように売れたという同店は、昭和53(1978)年には自社ビルを建てて営業をはじめました。その自社ビルには、映画ファンが集う喫茶店や、パスタ専門店が入り、老若男女多くの人が出入りするビルでした。洋菓子の広まりとともに、一時はケーキを取り扱ったこともあったといいます。「時代とともにお店の形態が変わっても、四ツ目饅頭のつくり方、味の伝承は守ってきました。どんなに注文が多くても、ひとつひとつ手焼き。手仕事でしか出せない四ツ目饅頭のおいしさは、創業から貫き通してきました」。

再開した新工場で使われている焼き型は、戦後から愛用していたもの。軽々と取り扱っているように見えるが、ひとつの焼き型の重さは3キロ以上あるという。
再開した新工場で使われている焼き型は、戦後から愛用していたもの。軽々と取り扱っているように見えるが、ひとつの焼き型の重さは3キロ以上あるという。
「四ツ目」3代目の西橋銑一さん。四ツ目饅頭はひとつひとつ手焼きしなければ、ふんわりとした生地に焼き上がらない。
「四ツ目」3代目の西橋銑一さん。四ツ目饅頭はひとつひとつ手焼きしなければ、ふんわりとした生地に焼き上がらない。

根強いファンによって支えられてきた「四ツ目」でしたが、販路の縮小が影響し、店を閉めようと決意したのが平成26(2014)年。常連のお客様からは惜しむ声が多かったといいます。「使っていた機械類は処分しましたが、戦後からずっと使っていた焼き型と、お菓子を入れるダン箱、あんこを炊く容器などの一部の道具類は曾祖父の実家の倉庫に預けていました」と淸美さん。まるで、近い将来、再開することを予感していたかのような行動ですが、いざ再開を決めた時に「あそこに道具がある」ということが、西橋さんたちの背中を押したようです。

子どもに四ツ目饅頭を食べさせたい。
その思いひとつで動いた再開への道。

閉店から3年ほど経ったころ、再開に向けて動き出したのは、4代目である後藤幸代さんでした。「子どもが産まれたことがきっかけでした。自分の子どもに何を食べさせたいか、と考えた時、一番最初に食べる甘いものは、四ツ目饅頭じゃないとだめだ、と思って」と、再開のきっかけを語ってくれました。新市街の店を閉店後、のんびり暮らそうと計画していた両親(3代目夫婦)を説得し、実家の近くに空き店舗を探し、開店にこぎ着けました。倉庫に預けていた道具類を持ち出し、小さな焼き台をオリジナルでつくってもらい、必要最小限の装備で再開。約50年もの間、四ツ目饅頭を焼き続けてきた3代目でも3年のブランクは大きく、納得いく饅頭を焼き上げるまで3、4日かかったといいます。「試作を重ねて、これだ、完成だ、と納得のいく最初の饅頭を、1歳の息子に食べさせました。驚くほどのスピードでパクパクパクと平らげ、おかわりを要求するほど。感動の瞬間を写真におさめようと構えていましたが、その時間も与えてくれないほどでした(笑)」。

基本的な製造方法は創業当時から受け継いできたもの。お店を再開するにあたり、原材料をグレードアップしようと考えた。小豆は北海道産、はちみつは熊本県産、小麦はケーキのスポンジにも使えるグレードの高い九州産を使用している。 基本的な製造方法は創業当時から受け継いできたもの。お店を再開するにあたり、原材料をグレードアップしようと考えた。小豆は北海道産、はちみつは熊本県産、小麦はケーキのスポンジにも使えるグレードの高い九州産を使用している。
基本的な製造方法は創業当時から受け継いできたもの。お店を再開するにあたり、原材料をグレードアップしようと考えた。小豆は北海道産、はちみつは熊本県産、小麦はケーキのスポンジにも使えるグレードの高い九州産を使用している。

閉店から3年半後、平成29(2017)年12月16日に「四ツ目」は再開しました。新聞でお店の再開が紹介されたことで、遠路はるばる訪れる昔の常連客をはじめ、ご近所さんからも四ツ目饅頭の注文が相次ぎました。「懐かしがってくれる方が多く、『昔よりも小さくなったわね〜』なんて会話が店の中で飛び交っています。それが本当にうれしかったですね。ただ、四ツ目饅頭の焼き型は昔と同じなので、形も大きさも変わっていないんですけどね」と、淸美さん。再開から2カ月以上経った今も、懐かしんで訪れる人が後を絶ちません。

再開にあたって包装紙やギフト箱を一新させた。道具のシルエットと「YOTSUME」の文字を散りばめたデザインがかわいい。
再開にあたって包装紙やギフト箱を一新させた。道具のシルエットと「YOTSUME」の文字を散りばめたデザインがかわいい。

100年以上続く伝承の手仕事ならではの味を、
受け継いでいく覚悟。

四ツ目饅頭独特の、カステラ生地のやわらかさと、絶妙な加減のあんこの甘さ。創業当時から伝わる生地のつくり方、あんこのつくり方、焼き方、それぞれに熟練した技が必要とされます。「幼い頃から父が工場で焼いている姿を見ていましたが、いざ自分が焼き場に立ってみると全くうまくいかないことに愕然としました。生地を焼き型に流し込むことさえできないのです」と、これから四ツ目饅頭づくりを継承していく4代目の幸代さん。生地づくりひとつとっても、その日の天気や、湿度や温度などの条件によってつくり方は変わるといいます。その判断は、職人が長年培ってきた肌感覚によります。お店の歴史とともに、111年目の歴史を積み重ねてきた四ツ目饅頭をつくり続けていくためには、4代目の幸代さんの役割はきっと大きなものになるでしょう。「息子である5代目につなげていく」と語る幸代さんの目には、やわらかな中にも動かない覚悟の色が見えました。

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■四ツ目
〒861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田1175-8
tel.096-234-7820
営業時間/10:00〜18:00(売り切れ次第終了) 休み/火曜、水曜