タイミングを逃さず、時代に合う手段を活用。

今回からの「こよみのお話」は、家族でつないできたものづくりにスポットを当てます。今回の主役は、八代地域で生産されているい草です。
日本国内で流通する国産のい草は、そのほとんどが熊本県の八代地域のもの。全国で生産されるうちの、9割以上が八代地域といわれています。ただ、現在住宅などで使われる畳表は約8割が中国産。国産の畳表は、安価な中国産との価格競争の波にのまれ、生産者の数は、年々減少しています。熊本県の経済を支える基幹産業として、最盛期には八代地域で3500戸以上の農家が携わっていましたが、現在では約400戸と大幅に減り、高齢化と後継者不足に悩まされています。その一方で、八代産い草の品質の良さが再認識されはじめ、原草の価格が昨年よりも高値を付けるなどうれしいニュースも飛び込んできました。
高い品質を誇る八代産のい草を使った製品は畳表が代表的ですが、今回の特集では、視点を変えてい草の魅力を伝える“新しい風”をご紹介します。

Vol.17

八代のい草の品質と、生産者の誇りを伝える“新しい風”

村上 健さん  井上昭光さん インタビュー
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PROFILE

村上 健むらかみ けん(写真左)

明治43年創業の村上産業株式会社の4代目。畳を光らせる「HIKARI-TATAMI」をはじめ、い草製品に独自の“アイデア”を盛り込んだ製品を開発。八代産のい草の価値を高めるために、研究機関と協力しながら、新しい展開を模索している。

倉橋恭加さんの写真

井上昭光いのうえ あきみつ

い草縄工房 井上産業の2代目。初代の井上勇さん、百合子さんの後を継ぎ、3代目の息子、謙次郎さんとともにい草の細縄製造に取り組む。縄練り機を独自に開発。「いやしマット」が熊本県物産振興協会優良新商品銀賞を受賞。

何百年、何千年と続く伝統文化のなかに“新しい風”を起こすことはアイデアとして語るのは簡単かもしれませんが、それを行動に移し、実行していくのは並大抵のことではありません。

現在“伝統”として受け継がれているものも歴史をひもといてみると、案外、当時は革新という名の新しい風によっていまに伝わっているものがあるのかもしれません。
そう考えることで、ちょっと手の届かない、近寄りがたいように感じていた伝統的なものが、時代、時代の人の手によって、もまれて、工夫されて、磨かれ、そして愛されてきたものとして、ぐっと親近感がわいてくるから不思議です。

「もしも、畳が光ったら?」
その発想を形にして、八代産い草の良さを発信。

[HIKARI-TATAMI/村上産業]

八代産のい草の良さを、もっと伝えたい。
付加価値をつけ、い草の魅力を発信できないか、と動いている若き経営者がいます。
八代市千丁町に明治から続く、い草製品を取り扱う村上産業の4代目、村上健さんです。

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【写真(左)】
左が村上産業の4代目、村上健さん。23歳の時に家業に入ったという。その前はアパレル関連の仕事をしていた。
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い草の収穫は、6月下旬から7月初旬の夏至の頃に行われる。い草と稲作、野菜などの兼業農家が多く、い草が刈り取られた後は、すぐに田んぼを鋤き、水が張られ、稲が植えられる。

八代産のい草を使い、村上さんが独自に開発したのが「HIKARI-TATAMI」。
そう、文字通り、光る畳なのです。これは、畳の中にLED照明を組み込み、電源を入れると畳自体が幻想的な光を放つというもの。
旅館などの商業施設をはじめ、個人住宅や、展示場に使われています。
「ありそうでなかった、この畳が光るアイデアはどこから?」、とお尋ねすると「飲食店や商業施設などさまざまな場所で照明を使った演出を見る度にとても綺麗だなと感じていました。
そこで、畳と照明を組み合わせてみてはどうだろうか、と思いました」とのこと。

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旅館などの商業施設に採用されることが多いというHIKARI-TATAMI。今年公開されたハリウッド映画のワンシーンにも、日本的空間の表現としてHIKARI-TATAMIが採用されたとのこと。施工例の写真上2点は、熊本黒川温泉旅館竹ふえ

家業に入ったのは、10数年前の23歳の時。
その頃、中国産の台頭によって苦戦を強いられていた八代地域のい草農家さんの現状を知り、なんとかしたい、という思いもあり、さまざまな方向で模索している中浮かんだのが、前述の光る畳のアイデアでした。

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【写真(下)】
収穫したい草は、各農家で泥染め、乾燥、畳表製造までを一貫して行う。乾燥する場所や編み上げる機械が必要で、設備の負担が大きい。

畳自体を光らせるというアイデアを実現するためには、畳の中に照明を入れればいい、という単純なことではなかったようで、「一番の問題は、畳表の編み方。一般的な畳表では、光を透過しません。どう編んだら、イメージ通りに畳を光らせることができるか。その部分がいちばん苦労しました」と、当時のことをふりかえる村上さん。
つくり方を何通りも試して、試行錯誤を重ね、海外も視野に入れながら「HIKARI-TATAMI」を広めていったといいます。
そもそも、い草農家は、い草を栽培して、収穫するまでが仕事ではなく、泥染め、乾燥、選別、そして畳表まで編み上げるところまで一貫して行っているところがほとんど。
その畳表を市場や業者に出し、その先で畳として製品化されていきます。
農家の手間と負担が大きく、価格の上下はまさに死活問題でもあります。
村上さんは、い草の生産者から畳表やい草を買い取る業者にあたります。

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【写真(右)】
HIKARI-TATAMIの製造風景。ひとつひとつ、職人の手作業によってつくりあげられる。光を透過する畳表の編み方は、試行錯誤のうえ生まれた。現在も改良が重ねられている。

「付加価値のある畳は、それだけ販売価格が上がります。畳表にする工程は独自で開発したので、い草農家さんからは乾燥したい草を納品していただいているので、高値で買い取ることにもつながります。
HIKARI-TATAMIは、品質の良い八代産のい草を広めていくための、ひとつの手段。今後も、新しいい草の活用法を模索していきたいと思っています。」

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【写真(右)】
八代産い草の品質を物語るのは、中にある綿状の灯芯と呼ばれるもの。この灯芯には、優れた調湿作用があり、さらに化学物資などを吸着する働きも注目されている。

村上さんは、現在も研究機関と共同で、い草の新しい活用法を研究しているといいます。畳だけでない、インテリアだけでない、これまでの概念を一新するくらいの、い草の“材料”としての可能性を探っていきたいと意気込んでいます。

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い草農家の森﨑和博さんと、奥さんの美恵子さんといっしょに。HIKARI-TATAMIの材料として、乾燥の工程までを行ったい草を仕入れている。い草の新しい活用法を開発することで、品質の良い八代産のい草をアピールしていくという。
■村上産業株式会社
〒869-4702 熊本県八代市千丁町吉王丸1599-1
tel.0965-46-1167 fax.0965-46-2241
URL:http://www.murakami-t.co.jp

「日本一の細縄をつくってみよう」
好奇心と探求心を編み込んだ、い草縄の魅力。

[い草縄工房/井上産業]

ピンチはチャンスを生み出すもの。
それを見事にまで体現しているのが、い草縄づくりのい草縄工房 井上産業2代目の井上昭光さんです。
井上さんがい草縄の製品づくりに取り組むきっかけとなったのが、1995年の阪神・淡路大震災。
それまで、初代の井上勇さんとともに、農業のかたわら竹細工やわらの縄をつくっていました。
木造建築の“えつり竹”や、造園などで使われる“かます”が主な製品でしたが、震災の影響で、木造建築の需要が減るとともに井上さんが手がけていた製品の需要が激減したといいます。

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い草の細縄製品を手がける井上昭光さん。い草縄を使った新製品を考えるのが、何よりも楽しいとか。

「需要がなくなった、だけど、縄をつくる技術はある。だったら、日本一の細い縄を、どこにも無い縄をつくってみよう、と初代の父が言い出したのがきっかけ。地元の八代の基幹産業であったい草は、長くて、畳表として使われるもの以外は、燃やされていた。
そこで、燃やされていた不揃いのい草を有効に使おう、わらよりも、い草の方が、細い縄づくりには適している、と」。

どこよりも細く、そして強く、しなやかに。
初代の井上勇さんは、日本一の細縄をつくる、という目標に一途に取り組んでいたそうです。
その挑戦を2代目である井上さんが引き継ぎ、い草の細縄づくりがある人物との出会いによって思わぬ方向に展開していくことになります。
福岡の博多駅で開催された八代物産会に出店していた井上さんの細縄の作品に魅了された人物。
その人こそが、九州新幹線つばめをはじめ、多くの観光列車の車両デザインを手がけ、九州の“ものづくり”をふんだんに車両の中に取り入れて話題となった工業デザイナーの水戸岡鋭治さんでした。

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【写真(下)】
いちばん細い縄で、直径2.5mm。しなやかで強いというい草は、調湿作用や空気浄化作用があるといわれ、い草縄ののれんは機能性の高いインテリアグッズとして人気。

九州新幹線つばめの中に、のれんとして取り入れられた井上さんのい草縄の作品は、話題となりました。
それからほどなくして、家庭用のい草縄ののれんとして販売されるようになり、一般家庭で使えるものづくりにシフトしていったといいます。
「取り引きしているのは、10軒のい草農家さん。八代産のい草は質が高く、なかでも良質なものをつくると評判の方ばかりです。
一般の人たちに、い草の新しい使い方を伝えていきたく、展示会に行ってはお客さんと話しをして、製品づくりのヒントを得てきました。出かけた先では、いろんなインテリアショップを見てまわって何かいいものはないか、探し歩いていますよ」と語る井上さんは、とにかく好奇心旺盛。
その好奇心が、新しい製品づくりにつながっているようです。

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【写真(左)】
構想から製作まで、実に6年の月日を費やしたという「ねこのおうち」。文字通り、飼い猫がくつろぐ小さな部屋なのだが、井上さんの飼っている猫で実験を重ねてできた一品。猫たちにも好評とか!
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【写真(右)】
い草縄を使った井上さんの作品の数々。い草縄の草履は、東京の百貨店からの依頼で製作したもので、肌あたりが良く、リピーターがいるほどの人気商品。お客様との対話、インテリアショップ巡りからインスピレーションを受けて、新しい製品が生まれている。

現在、い草縄工房 井上産業を井上さんとともに切り盛りしているのは、3代目である謙次郎さん。
「猫伏(ねこぶく:い草縄のマット)を編み上げる機械は、3代目じゃないと扱えないくらい。頼りにしています」と、井上さんが受け継いできた、細縄づくりの技術とものづくりの精神は、確実に受け継がれています。
畳だけでない、い草の新しい使い方を発信することで八代産のい草の魅力を伝えることにつなげていく。
そんな力強い思いが、ものづくりを楽しむ井上さんの姿からひしひしと伝わってきます。
家業として取り組んでいるものづくりの現場に、地域の産業を未来につなぐ“新しい風”を感じました。

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【写真(上・右)】
3代目の井上謙次郎さん。い草縄を編み上げる機械は、とても扱いが難しく、繊細な作業が要求される。その機械仕事を3代目が受け持つ。
【写真(下)】
井上昭光さんご一家。それぞれの得意分野を発揮しながら、新しい製品づくりに取り組む工房は、笑顔がたえない現場でした。
■い草縄工房 井上産業
〒869-4615 熊本県八代市川田町東1063−2
tel.0965-39-0055