Vol.10

肥後象がん師 坂元光香さん インタビュー

PROFILE

坂元光香さかもとみつか

1977(昭和52)年、長崎県で生まれ、熊本市で育つ。
2002年、勤務していた設計事務所の仕事を辞め、熊本県伝統工芸館主催の「伝統工芸養成講座の肥後象がん基礎コース」の受講を開始。修業を経て2006年にプロの肥後象がん師となる。2004年「くらしの工芸展」(主催:熊本県伝統工芸館・熊本日日新聞社)で審査員奨励賞を受賞。くまもと工芸協会会員、熊本県伝統工芸協会会員、日本工芸会西部支部研究会員など。本名、坂元明子。

※坂元光香さん:以下 坂元、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

自分が生まれた国の伝統について知りたいと感じたことが、プロの象がん師への道へとつながりました。

事務局:
なぜ肥後象がん師を志したのですか。
坂元:
20代前半の頃、旅行でバリ島などに行っても、人気の観光地よりその土地の伝統的な装飾品などに心魅かれましたが、その現地の若い人たちはその土地の伝統への関心が低いように感じました。私も同じように、日本の伝統についての知識がなかったことから、もっと日本について学ぼうと思っていた時期に、熊本市内の神社で「能」を観る機会があったのです。能の衣装の柄や色、合わせ方がとても新鮮に感じ、日本の伝統の文様や着物などに興味を持ちました。
当時、趣味で彫金を続けていたこともあり、熊本県伝統工芸館が主催した伝統工芸養成講座の肥後象がん基礎コースを受講したのです。基礎コース、中級コース、上級コース(各々1年間)を経て、プロの肥後象がん師になりました。
事務局:
肥後象がんは、どのような工程で制作するのでしょうか。
坂元:
まず、鉄生地にタガネで刻みを打ちます(1㎜に3~4本を4方向から打つ)。その刻みの凹凸に金銀を嵌(は)め込み、不要な刻みを潰します。次に鉄生地に人工的に錆を出します。お茶で炊き、錆びを止めると、色が黒く変化します。そこに黒油を塗り、焼き、拭き、更に塗り、焼く…という工程を4~5回繰り返し、磨いて完成します。
「象がん」とは、鉄生地などの素材に、金や銀などの異なる素材を嵌(は)めることをいいます。基本的に肥後象がんは、鉄生地に布目のように凹凸を刻む「布目象がん」が多いのですが、その他に「彫り込み象がん」「切り嵌(は)め象がん」などの技法や、木工に貝殻細工を施す「螺鈿象嵌(らでんぞうがん)」などがあります。
【写真(左・上)】
鉄生地にタガネで刻みを打ち、0.2㎜ほどの金線・銀線に熱を加えて作った曲線を刻んだ部分に嵌(は)めていく。その後、生地部分の不要な刻みを消す。
【写真(左・下)】
鉄生地に細かい刻みを入れる「布目切り」の時に使用する金槌、象がんを打ち込む鹿の角など、制作に使用する道具の一部。
【写真(右)】
自宅の一室に工房を構え、制作を行っている。

基本的に、自分が良いと思うもの、欲しいものを作っています。

事務局:
坂元さんは主にどのような作品を手掛けられているのでしょうか。
坂元:
ピアス、ネックレス、指輪、ブローチ、腕飾り、簪(かんざし)など、女性を対象としたアクセサリーや花器などがメインです。若い女性にも「肥後象がん」という伝統工芸品を使ってほしい…と思っています。
基本的には自分が良いと思うもの、欲しいと思うものを作っています。以前から猫が好きで、2004年の「くらしの工芸展」で審査員奨励賞を受賞した作品も、黒猫をモチーフにしたピアスホルダーでした。線が伸びていくという吉兆(縁起の良い)の意味がある日本伝統の「二重唐草文様」のように丸く伸びる線も好きで、よく使っています。
反対に自分が身に着けないもの、たとえば男性の装飾品(ネクタイピン、カフス…)や、普段使わないようなものに関しては、創作のイメージが湧かないんです。
事務局:
坂元さんの作品を観たり、購入できる施設はありますか。
坂元:
「熊本県伝統工芸館」(熊本市中央区城東町)、「くまもと工芸会館」(熊本市南区川尻)、「工房+木(tasu-ki)」(玉名郡和水町)で展示販売されています。くまもと工芸会館では月に1~2回実演も行っていますので、ぜひお越しください。
【写真(左)】
「漆黒宝石首飾(しっこくほうせきくびかざり)」。あえて円を崩したり、使用する金属(純金、青金、銀など)によって色に変化を出す。まれに銅や真鍮などを象がんする場合もあるとか。
【写真(右・上)】
「八重菊簪(やえぎくかんざし)」
※八重菊簪の写真は、坂元光香さんが撮影されたものです。
【写真(右・下)】
「唐草文様腕飾(からくさもんよう うでかざり)」
【写真(左)】
花の文様をモチーフに使った指輪。
【写真(右)】
花や唐草文様などを施した「布目象眼がん万華鏡筆立(ぬのめぞうがんまんげきょうふでたて)」
大好きな猫をモチーフにしたペンダントやブローチなど、現代的な作品も多い。

肥後象がんは、「加飾する技術」。しかし、あえて形を崩したり技術を引いた、シンプルな作品も手掛けていきたい。

事務局:
坂元さんは肥後象がんの制作工程を図で説明してくださったり、ご自分の作品集を作られるなど、伝統工芸を「わかりやすく伝える」工夫をされていますね。
坂元:
象がん以外の工芸作品を見る機会も多いのですが、お話を伺うことで驚かされることが多いんです。作品を見ていただくだけでなく、それがどのような工程を経て誕生するのかを「積極的に伝えること」が、更に工芸や作品への理解を深めることにつながると思っています。
事務局:
これからどのような作品を手掛けていきたいと思われますか。
坂元:
ジュエリーに肥後象がんを施した作品を手掛けたり、カフェでお茶とスイーツを楽しみながら肥後象がんの展示を見ていただけるようなイベントもしてみたいです。
肥後象がんは、「加飾する技術」ですが、一般の方が求めるもの(欲しいもの、身に着けたいと思うもの)は加飾の技術ではなく、時にシンプルなものかもしれません。加飾することによって技術を磨き、伝統を守り伝えること、また、あえて形を崩したり技術を引くシンプルな作品で、新しい方向性を見出していくこと。今後、その両面に取り組んでいきたいと考えています。
坂元さんの作品集。作品以外に肥後象がんの制作工程も記され、「どのような素材を使い、どのような工程を経て完成するかをわかりやすく伝えることで、工芸への理解が深まれば…」という坂元さんの思いが伝わってくる。
「あぶくペンダント」(右上)と、ブローチやペンダントなどアクセサリーに使用する象がんのパーツは、女性へのプレゼントに喜ばれそうだ。