四季によって育まれた、日本の豊かな食文化や行事を伝える
Vol.14

四季によって育まれた、日本の豊かな食文化や行事を伝える

松村勝子さん  倉橋恭加さん インタビュー
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PROFILE

松村勝子さんの写真

松村勝子まつむらかつこ

1945(昭和20)年熊本市生まれ。尚絅高校卒業後、証券会社に就職。
1958(昭和33)年頃に「青柳」の初代女将に就任。店の看板料理だった釜飯に加え、熊本県産の食材を積極的に取り入れた季節料理、郷土料理を中心としたおもてなし料理に力を注ぐ。江戸時代の熊本の食文化を復刻し伝承するための調査・研究に着手し、2008(平成20)年から熊本城本丸御殿にて「本丸御膳」として提供(熊本城は平成28年4月に発生した熊本地震で被災したため、現在は「青柳本店」でのみ提供中)。おもてなしの信条は、理屈ではなく心でつかめという仏教の教え「直指人心(じきしにんしん)」。

倉橋恭加さんの写真

倉橋恭加くらはしやすか

1973(昭和48)年、熊本市生まれ。熊本県立第二高校普通科、東京都・共立女子大学文芸学部卒業。東京で大手建設会社に就職し、約5年間、まちづくりの仕事に携わる。職場で出会った倉橋篤さんと結婚後、「青柳」を継ぐため共に退職し、老舗料亭「なだ万」の別店舗で各々約2年間修業し帰熊。平成27年9月に2代目女将に就任。平成28年10月に開催された「第36回全国きき酒選手権大会熊本県予選」で準優勝し、東京で行われた全国大会に出場を果たした。中学1年生の長男、小学4年生の長女の母。

※松村勝子さん:以下 松村、倉橋恭加さん:以下 倉橋、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

日本は四季によって豊かな文化が育まれてきました。
そんな国だから味わえる、豊かな暮らしがあります。

事務局:
倉橋さんは、二十四節気ごとに、時節の意味やその時期に行われる行事の起源や歴史、旬を迎える食べ物などについて紹介するメールマガジンを発信されています。情報発信によって、どんなことを伝えたいと考えていらっしゃるのでしょうか。
倉橋:
和食に携わる仕事をしていると、日本の食べ物と文化には深い結びつきがあることを実感します。日本は四季によって豊かな文化が育まれてきました。季節の食材を大切にし、食材の出始めの頃の「走り」、最も盛りの時期の「旬」、間もなく終わりを迎える頃の「名残(なごり)」のように時期を分け、調理法や組み合わせを変えます。「筍(たけのこ)」を例に挙げると、走りの時期の柔らかいものは焼いて甘めの柚子味噌をかける「柚子釜」などにして味わい、名残の時期のやや固いものは炊き込みごはんなどにしてしっかりとした食感を楽しみます。
2月3日の「節分」はもともと「季節を分ける」という意味で、室町時代以降に立春の前日を指すようになりましたが、もともとは四季(立春・立夏・立秋・立冬)の前日を指すものでした。節分の豆まきには、“魔を滅し”邪気を払う意味があります。神に祈り願うことに加え、日本の行事には、その催しで家族・仲間・ご近所さんが集い、その時間を共有する、コミュニケーションとしての大切な意味があったように思います。
3月3日は女の子の健やかな成長を祈り願う「上巳(じょうし)の節句/桃の節句」です。ひな祭りの起源は平安時代中期にまでさかのぼり、もともと行われていた人形に自分の災厄を託して海や川に流す行事と、その後に上流社会の女子が紙などで作った(ひいな)人形の遊びが重なって現在のひな祭りの形に変化したといわれています。
そういった節気ごとの行事にまつわる話や、意外に知られていない旬の食材、食べ方などをメールマガジンで発信することで、四季のある日本だからこそ味わえる豊かな暮らしを知り、普段の生活に少しでも取り入れていただけたら…と考えています。
「青柳」2代目女将・倉橋恭加さんと、夫で社長の倉橋篤さん。北海道出身の篤さんは、東京の会社で仕事をしていた時に恭加さんと出会い結婚。その後、料亭での修業を経て熊本へ。「熊本県産の野菜、天草産のタコ、イカ、貝類などは全国に誇れる美味しさです。熊本県産の筍は全国に先駆けていち早く出荷されますので、様々な料理で味わっていただきたいですね」と篤さん。

江戸時代の熊本藩の料理を調べていくうちに、
当時の料理は健康にこだわる「薬膳」であることが分かりました。

事務局:
江戸時代の熊本藩の献立を再現し、2008(平成20)年から、熊本城本丸御殿と店舗で「本丸御膳」として提供されてきました(平成28年熊本地震のため、現在は店舗でのみ提供)。その再現に取り組むことになったきっかけと料理の特徴について教えてください。
松村:
熊本は海も山も川もあり優れた産物に恵まれているけれど、熊本を代表するような料理がありませんでした。熊本の歴史・文化・豊かな恵みを象徴するような料理はないかと模索していた時、たまたま熊本日日新聞で江戸期の食文化を研究している江後迪子(えごみちこ)さんの「細川家の食卓」という連載記事を見て非常に興味を持ちました。そして、「江戸時代に肥後細川藩で食べていた料理を再現し、提供してはどうだろうか」と考え研究と試作を始めたのです。ちょうどその頃、熊本城築城400年で復元された本丸御殿で提供する料理の事業者募集に応募し、コンペに通過してお城で提供する料理を担当させていただくことになりました。さまざまな文献を調べ、献立を再現していく中で、当時の料理は健康にこだわった「薬膳」であることが分かりました。
倉橋:
熊本の料理秘伝書「料理方秘(りょうりかたひ)」、近世熊本の食品・料理集「歳時記(さいじき)」をもとに江戸時代の献立を再現した「熊本藩士のレシピ帖」(熊本国際観光コンベンション協会/発行)を編纂し、およそ200年前の味を忠実に再現しながら、熊本の食材の持ち味を生かした味付けと彩りにこだわっています。例えば室町時代末期から江戸時代中期頃までの醤油が希少だった時代に、人々は「煎酒(いりざけ)」という、酒、削り鰹、梅干し、塩などを煮詰めた調味料で刺身を味わっていました。「本丸御膳」でも独自の手法で再現した煎酒で、御鱠(おなます:刺身)を召し上がっていただいています。
「江戸時代の肥後細川藩の料理を再現し、熊本が誇る郷土料理として提供してはどうだろうか」と研究と試作を始めた、初代女将の松村勝子さん。娘で2代目女将の倉橋恭加さんによると、「やると決めたらとことん進み、常にお客様目線で物事を考える人」。志村けん氏、武田鉄矢氏、笑福亭鶴瓶氏など、初代女将の人柄を慕い、2代目女将の活躍と熊本地震後の復興を応援するため店を訪れる芸能人も多い。
料理の一つひとつに熊本の歴史、食文化、物語が感じられる「本丸御膳」。細川家の九曜紋を入れた特注の器が並ぶお膳を前に、贅沢な殿様気分が味わえる。
(写真は「熊本国際観光コンベンション協会」様よりお借りしました)

物を見る目や、味わう感覚は、幼い頃から母が育ててくれたもの。

事務局:
倉橋さんは母である初代の女将からどんなことを学びましたか。
倉橋:
私が10歳の時に母は離婚し、仕事ばかりの毎日でした。そんな母を見ていて、以前は決して母と同じ道には歩まず、普通のOLになろうと思っていました。母からは、挨拶をすること、嘘をつかないこと、マナーや知識を身に着けることなど、基本的なことを厳しく教えられました。食べる物は手作りのみで、スナック菓子や炭酸飲料はダメ。おやつには昆布や炒り大豆などを食べていました。母が着物や器を選ぶ時には一緒について行き、自然に良いものを見る目を養ったように思います。京都、金沢などの名だたる料亭にも一緒に連れて行ってもらいました。そこで出合った一流の料理の味や盛り付けを、店の板前さんたちに写真や本を見せながら伝えていた母の姿を思い出します。
平成28年10月に開催された「第36回全国きき酒選手権大会熊本県予選」で準優勝し、全国大会の出場を果たすことができました。約13年前に利き酒師の資格を取得したのですが、お酒や食材の風味、香り、舌触りなどを確かめる感覚は、幼い頃から母が育ててくれたのだと思います。
西洋料理はドレッシングやソースなど”かける”文化ですが、日本料理は食材の色、歯ざわりなどの持ち味を引き出し、引き立て合い、だしの美味しさを含ませる料理です。だしをとる時やお米を炊く時の水の量は、季節やその日の天候によって調整します。細川家御料理頭著「料理方秘」に「口伝塩梅(くでんあんばい)」という「美味しくなる塩梅が大切」だという意味の言葉が登場します。天候、人との出会い、状況など一つとして同じことがないその時々に「塩梅」の感覚で対応できる日本人の感性も、四季のある日本が育んだ素晴らしい賜物ではないかと思います。

毎週水曜日の夜は日本舞踊でお客様をおもてなし。
お座敷の場を設けることで芸の向上や発展を応援したい。

事務局:
2代目女将・倉橋さんの長女・奏(かな)さんは、熊本を拠点にした日本舞踊団「花童(はなわらべ)」に所属し、踊りを学んでいらっしゃると聞きました。
倉橋:
以前、初代女将と「熊本で芸事が育たないのは披露できるようなお座敷がないからだろうか。自分たちで伝統芸の会を立ち上げようか」と話していた時期があり、東京浅草の「振袖さん」、新潟古町芸妓、山形の「やまがた舞子」など芸妓の伝統と復活のヒントを探して視察に行っていました。そんな時、秋に熊本市中心市街地で開催されている「熊本暮らし人まつり みずあかり」の会場で、熊本少女舞踊団「ザ・わらべ」の舞台を見る機会がありました。着物を着た8,9歳くらいの女の子が曲に合わせて見事な日本舞踊を披露し、終わって声を掛けると立ち止まってきちんと挨拶をしてくれたことに感動したんです。その後、娘の奏も2歳から女流邦楽演奏家であり日本舞踊家の中村花誠先生に預かっていただき、5歳になると他の皆さんと一緒に踊れるようになりました。「花童」の一員として稽古し、活動をする中で、目上の人を尊敬し立てる、人の話をよく聞く、集中力が続く、根気強さを見せるようになるなど、娘の成長を感じています。
現在、毎週水曜日の夜には、熊本の民謡、牛深ハイヤ節、山鹿灯籠の唄、おてもやんなど熊本らしく親しみのある曲にのせた花童の日本舞踊でお客様をおもてなししています。花童を卒業し独り立ちした20歳の月若さんという芸妓さんがいるのですが、店で日本舞踊や芸を発揮できる場をつくることによって、彼女がこれまで一生懸命精進してきた芸の向上や熊本の芸事の発展を少しでも応援できたらと考えています。
女流邦楽演奏家であり日本舞踊家の中村花誠さんが、「熊本をはじめ、日本の文化を受け継いでいくために、一流の芸を持つ子供たちを育てたい」という思いから2000(平成12)年に結成した少女舞踊団「ザ・わらべ」に続き、2011(平成23)年に子ども舞踊団「こわらべ」を結成。県内外、アジアのセレモニーなどでも活躍している。(写真は「舞踊団 花童」様のホームページよりお借りしました)

■青柳
所在地:熊本市中央区下通1-2-10
問合せ:096-353-0311
URL:http://aoyagi.ne.jp/