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土山憲幸さん
Vol.2

土山憲幸さん インタビュー

PROFILE

土山憲幸つちやま のりゆき

1947年、旧八代郡坂本村(現八代市)で旅館を営む家に生まれ、豊かな自然環境の中で、幼い頃から料理の現場に親しんで育つ。熊本県立八代高等学校卒業後、上京。銀座の料亭での修業を皮切りに、日本料理の名店「なだ万」勤務を経て、昭和54年に「赤坂プリンスホテル」総料理長に就任。スウェーデン国王夫妻、フランス・シラク元大統領など世界の要人をもてなした。2007年4月「ホテル熊本テルサ」総支配人に就任。第21回くまもと県民文化賞特別賞受賞。著書に「料理人生、意気に感ず」(熊本日日新聞社)。
●宮内庁・迎賓館・総理官邸・外務省・国賓・VIP饗応元日本料理調理責任者、日本料理「なだ万」OB会名誉会長、熊本県「くまもと大使」、熊本県文化懇話会会員など。

※土山憲幸さん:以下 土山、くまもと手しごと研究所:以下 事務局

「陰陽五行」を生活に取り入れることで身体が元気になり、料理をより美味しく、美しく盛り付けるヒントになります。

事務局:
土山総支配人が講演などでよく例に挙げられる「陰陽五行(いんようごぎょう)」とはどういうものなのでしょうか。また、どのように日常に取り入れるといいのでしょうか。
土山:
「陰陽五行」は、中国で誕生した、天と地と人の関係を追求する思想です。紀元後の6世紀頃に日本に伝わり、儒教や仏教とともに国の運営にも影響を与えたといわれています。1666年頃に荻生徂徠(おぎゅうそらい)という儒教者がそれらをわかりやすく説いたのが「陰陽五行説」です。「五行」は、“木火土金水”という自然界を構成する要素のこと。木が火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生み、水は木を蘇らせる。これを「五行相生(ごぎょうそうしょう)」といい、自然界にあるもの全てに関わりがあることを示しています。「五時」は季節、「五色」は季節を表す色、「五法」は調理の方法、「五味」は味覚、「五臓」は身体の臓器、「五感」は感覚です。この関わりを見ると、季節毎に何を食べると身体にいいのかがわかります。「五時」の中にある“土用”は、季節の変わり目のことです。他にも「五菓(薬用の果物)」、「五菜(薬用の野菜)」、「五穀(薬用の穀物)」などいろいろありますが、今回は基本的なことについてお話をさせていただきます。
例えば春の色は青ですね。昔、冬には保存食の味噌漬け、醤油漬けなどをよく食べていました。塩分を摂り過ぎると腎臓に負担がかかります。春先に酸っぱいもの(酢の物や酸味のある果物)やえぐみのある山菜などを食べることで、冬場に身体に溜まった毒素を出し、肝臓がリフレッシュします。日本料理は“苦み”を重視する特徴があり、それが他の国の料理とは異なるところです。苦みの中にある薬効成分のアルカロイド類は、舌で刺激を感じると消化液の分泌を促進するといわれています。肝臓が悪い人は目が悪い、といわれるように、“肝”は“視(目)”とつながっています。そのように季節に合うものを食べることで身体を整え、来るべき季節に備えるのです。
また、「陰陽」とは、裏と表、太陽と月、男と女など、相反するものを指し、日本料理ではバランスのことをいいます。丸い器(陽)に四角く盛る(陰)、四角い器(陰)に丸く盛る(陽)など、陰と陽を組み合わせることで、バランスがよく、美味しそうに見えるのです。
例えば「陽」は、天・明・昼・太陽・熱・上・火・動・男・剛・進・表・前・奇数・円など、「陰」は地・暗・夜・月・冷・下・水・静・女・柔・退・裏・後・偶数・角など、全てのものは陰と陽に定義づけられます。ただ、同じものでも場面によって分類が変わることがあります。例えば、明るい昼間のロウソクの火は「陰」ですが、暗い夜には「陽」になります。「陰陽五行」に関する本もたくさん出ていますので、興味がある方はぜひ調べてみてください。
事務局:
「日本は水と発酵の食文化」といわれますが、それはどういうことでしょうか。
土山:
熊本には美味しい納豆、しょんしょん(醤油の実)、豆腐の味噌漬け、ねまりずしなどいろいろな発酵食品があります。麦、米などの穀物に菌を加えて発酵させるなど、日本の豊かな四季と知恵の中で発酵の食文化が生まれました。九州山脈には広葉樹林がたくさんあって、柔らかい水「軟水」が出ます。お米を硬水で炊くとパラパラになって美味しくありません。軟水で炊くから美味しいんです。味噌汁には味噌を使い、そのだしを取るためにかつおを蒸して発酵させた「かつおぶし」や、昆布を発酵させた「だし昆布」を使いますね。陰陽五行説の「五味」の“酸・苦・甘・辛・塩”をバランスよく持っているのが「味噌」です。味噌汁に五色の具を全部入れると、栄養的にバランスがとれてとても美味しくなります。5つ以上の野菜や魚などを入れたものは味噌汁ではなく「御御御付け(おみおつけ)」といいます。御という字が3つもついている食べ物はこれ以外にありません。1日に1回でいいので味噌汁か御御御付けを食べていただきたいですね。
陰陽五行説
五行 五時 五色 五感 五味 五臓 五法
土用

ユネスコの無形文化遺産に「和食」が登録されました。
それは食べ物だけでなく、それらに関わる日本の生活様式や精神が世界に評価されたのです。

事務局:
2013年12月に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、和食のどんな要素が評価されたのでしょうか。
土山:
和食とは料理だけでなく、それに関わる建築、庭、華道、器、茶道などの文化を総称したものです。神様を大切にし、自然の中に生かされていることを感謝しながら生きているのが日本人です。お正月、3月3日の雛祭り、端午の節句、七夕、重陽の節句など1年の行事や祭りの日を指す「ハレ」の日や人生の節目には、各々に特別な意味と思いのこもった「料理」があります。食べ物に関わる日本の生活様式や精神が文化遺産として最も評価されたのだと思います。
そして日本人は自然を非常に大切にします。僕は料理を作って50年ほどになりますが、一番大事なのは「自然」だと思います。自然が保たれていないと美味しい野菜、魚、肉は育たない。また、美しい風景を眺めていると非常に気持ちも穏やかになります。
料理は「料(はかる)」「理(おさめる)」と書きます。自分で食べるものを作るのではなく、人の年齢や性別やその時の状況などを見て、その人の身体にいいものを作るのが料理なんです。料理の力は30%で、あとは雰囲気や環境、そしてサービス「おもてなし」が大きな割合を占めます。江戸時代は、雨の日に狭い道ですれ違う人が自分の傘のしずくで濡れないようにと、傘を傾ける“傘かしげ”というしぐさで配慮しました。お互いに助けあい、いたわりあい、教えあうという「江戸しぐさ」の思想は、ディズニーランドの接客マニュアルにも取り入れられたと聞いています。マニュアルを越えた、人に対する温かな気遣いが「おもてなし」の基本だと思います。
愛用の9本の包丁と道具。盛り付け用の箸は日奈久で自ら作った竹製。味を確認する時の器は、浅草寺前住職から贈られたチャボの絵が入った九谷焼と、明治神宮の菊の御紋入りかわらけと決めているとか。

僕が若い頃、親方たちは「二十四節気」や「七十二候」を見て献立を決めていました。
こよみは料理の指針。そしてその中に食文化の教えがあります。

事務局:
「残したい」と思われる熊本の食文化にどんなものがありますか?
土山:
熊本には昔から伝えられてきた誇るべき食文化や郷土料理が多く残っています。熊本県は、熊本市・阿蘇地方・人吉球磨地方・県北・県南・天草という6つの地域それぞれに「豊饒の神」がいて人々は神を大切にしてきました。祭りや神事で神様にお供えした御饌御酒(みけみき)を一同が共に戴くことを「直会(なおらい)」といいますが、それらが今、郷土料理として受け継がれているんですね。ちなみに東京農業大学名誉教授・発酵学者の小泉武夫先生は、「熊本には6柱の豊穣の神がいる。」とおっしゃっています。次の分類は、私が熊本の6つの地域の食文化について整理したものです。

【熊本市】
・「町神の食文化」町人文化
・加藤清正(伝統文化・食文化)
・細川家(熊本藩士 歴代料理頭・村中乙右衛門による書「料理方秘」)
・おもてなしのこころを大切にする文化
・味噌天神(食育発祥の地)
・江津湖(水前寺海苔)
・水前寺公園(古今伝授の間)
・肥後古流(宗家・小堀家)
・水の都(生命の水)、古代ハマグリ

【阿蘇地方】
「火の国」※阿蘇地方は「火の神」、阿蘇神社は「農神」。米・牛・山菜・川魚に恵まれる。
・筍のひこずり、冷やし汁、すぼ豆腐の煮しめ、赤ど漬け、凍り豆腐、きらず和え、呉汁

【人吉球磨地方】
「川と田の神」
・くじら肉、焼酎、市房漬、川魚、ぼた餅(ねったんぼ)、鮎寿司・うるか・甘露煮、つぼん汁(けんらん)、柚子ごしょう、お茶

【県北】
「畑の神」※雑穀の文化
・三穂飯(さんぽうめし:麦・あわ・のいね)、からいも、つけあみ、のっぺ汁、南関そうめん、ざぜん豆、納豆、しょんしょん(醤油の実)、お茶

【県南】
「不知火の神」が宿る、田と川と海の恵みを受ける文化
・い草、このしろ姿ずし、ねまりずし、しゃく料理、ざぼん、茗荷(みょうが)まんじゅう、ぼたもち、吉野ずし、うなぎ

【天草】
「道祖神」が宿る、麦飯とからいもの食をうるおす海の幸
・ところ天、おしきり、さばずし、つき揚、こっぱもち、いわしのきらず巻、いわしの塩辛、がざみ料理、うに料理、海藻料理

事務局:
食文化を伝承するためには何が必要だと思われますか?
土山:
長年お客様に愛されている老舗の料亭などは、常に新しいものを追求し続けています。かつて私が働いていた日本料理店「なだ万」も“老舗はいつも新しい”をスローガンとして掲げ、フォアグラ・トリュフ・キャビアという世界三大珍味を最初に和食に取り入れました。郷土料理も先人たちが育んできた大切な食文化にプラスアルファーを加えることで、もっといいものができ、新しい食文化になるのだと思います。
正月も節句など、ほとんどが中国から伝わってきたものですが、日本人はそれらを自分たちの生活様式に作り替えて、季節感を味わいながら大事に育ててきました。僕が若い頃、親方たちは「二十四節気」や「七十二候」を見て献立を決めていました。こよみは「そろそろこの食材が出ているからこれを使ってみよう」という料理の指針でもあります。家庭でもお新香を漬けたり、味噌を仕込んだりと、こよみの中に食文化の教えがあります。
僕はお祭りが大好きなんです。東京から熊本に戻ってきて、一番最初に連れて行ってもらったのが阿蘇の「火振り神事」でした。祭りに出かけて、そのいわれや、季節に採れるものなどを地元の方に教えてもらうのはこの上ない楽しみの一つです。そして、祭りの時には、祭りにまつわる地域の特別な料理を食べることができます。寿司を例に挙げても、玉名郡南関町では南関揚げを使った巻き寿司があって、八代市にはこのしろ寿司、人吉では鮎寿司、県南のねまりずしなど、いろいろあります。できれば各地の祭りに出かけて、昔から食べていたものが今にどうつながっているのかなどについて、もっと調べたいですね。そして祭りの「ハレの日」の料理を写真に撮ってレシピを聞き、熊本独自の二十四節気として整理して残したいですね。春夏秋冬を通して熊本には常に素晴らしい食材があります。熊本には山があり、川があり、野原があり、海があり、島がある。例えば、あか牛や本ハマグリのように熊本ならではの食材をどうやって美味しく食べることができるのか、きちんと後の時代に残していく必要があります。そしてそれが今の時代に生きる私たちの義務の一つだと思います。

【写真(右)】
食に関する膨大な所蔵本の中から、神田の古本屋で購入した「食道楽」と「飲食事典」など。

【写真(左)】
「食道楽」は明治時代の新聞小説の第一人者・村井弦斎の代表作で、物語のヒロイン・お登和が料理する和洋中華全600品以上が登場。明治38年に「報知新聞」に連載され、その後発行された単行本が大ベストセラーになった。表紙を開くと大隈重信家の台所がイラストで描かれている。本文の中には既に「食育論」という項目がある。

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