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Vol.5

技が活きる刃物と焼酎。県南人吉盆地の秋冬を楽しむ

熊本県南部の隠れ里・人吉。小京都とも例えられる静かな町。
そこは盆地の地味のよさ水の良さに加え百太郎溝など米作りを積極的に進めてきた歴史が、
農機具を始めとした鉄器を作る人びとの技を磨き、焼酎づくりを育んできました。
今回はそんな人吉盆地に伺い、秋冬の味覚である栗を楽しんできました。

蓑毛鍛冶屋
「いつからあるかわからん」

カンカンカンカン、カンカンカンカン―。人吉市下薩摩瀬町、国道219号沿いの蓑毛鍛冶屋工房から刃物を叩く音が響きます。雑音や騒音ではなく、音に合わせて走り出したくなるほど小気味いい音です。鍛冶屋の十代目、蓑毛勇さん(31)が鋼を鍛える音でした。

江戸時代に人吉・球磨地方を統治した相良藩の石高は約2万2000石。鍛冶屋は1万石に1軒認められたといい、蓑毛鍛冶屋は藩の許しを得た2軒のうちの1軒。「私たちが初代と呼ぶ人が亡くなったのが寛政8(1796)年。そこより前はわからんとです」とは九代目の稔さん(56)。「もっと古いかもしれんけど、記録がなかとです」と笑います。鍛冶屋の場所は藩にとって重要な軍事機密で、細密な古地図にも鍛冶屋の位置は記されていないのだそうです。少なくとも、初代が亡くなって222年は続いていることになります。いつもは八代目の裕さん(84)も作業に加わり三世代が〝競演〟しています。

壁の梁にある、毎年の仕事始めの日に打つという剣と鎌と鍵を模した飾りが、工房の歴史を一段と引き立てます。蓑毛鍛冶屋は代々鍬や鎌など農具を作る職人でした。今は刺身や菜切りなど料理用の包丁も商品に加わっています。

工房の壁に飾られた新年の仕事始めに打つ剣と鎌と鍵。武士、農家、商家を表す。
工房の壁に飾られた新年の仕事始めに打つ剣と鎌と鍵。武士、農家、商家を表す。

異色の十代目

十代目・勇さんが工房に入ったのは1年半前。それまでは熊本市内の高校を卒業し、海上自衛隊に勤務していました。「本当はすぐに後を継ぐ修業をしたかった」といいますが、父の稔さんがそれを許しませんでした。「鍛冶屋で生計を立てるのは大変。自衛官の方が安定しているから」とその理由を明かします。それでも勇さんは、自分の乗艦が老朽化で除籍になったのを機に、工房入りを決意しました。
先祖代々秘伝の書や教本は一切無く、技術は見よう見まね、口伝で伝えられます。勇さんも祖父や父の作業を見ながら、時に質問を重ねながら鋼を打っています。そして、新たな挑戦を始めました。

SNS発信

鎌や包丁に加え、勇さんが作り始めたのはキャンプやバーベキューなどアウトドアに使うナイフです。切れ味だけでなく、刃の形や柄のデザインに工夫を凝らしてあります。できた商品は店に置くだけでなく、自分のインスタグラムに投稿し、フォロワーと呼ばれる閲覧者に新商品や工房の様子を発信しています。SNSを見たり口コミを聞いたりした遠方からの来客も増えてきました。「今からは職人気質だけでなく、経営者としての資質もいる」と話す稔さんは「自分のときはSNSなんかなかったし、あってもできんだっただろうし」と、息子の仕事ぶりに目を細めます。
勇さんが鋼の棒を1200度の重油炉にくべました。程なく真っ赤になった鋼を、ハンマーで叩くとみるみるうちにナイフの形になっていきます。「職人としてはまだまだで、祖父や父の仕事を見ながら、自分らしいものを作りたい」と夢を語る勇さん。「50歳、60歳と年齢を重ねたときに、今作ったナイフをお客さんが研ぎに来てくれるようなことがあれば、嬉しい」
当初は工房入りに反対していた稔さんも「鍛冶屋は締め付けられて嫌々ながらにやる仕事ではない。楽しんでやっているのが一番いい」と十代目を頼もしく感じているようです。「切る」役割を果たす刃物ですが、刃物作りの手仕事はこれからも進化を遂げながら、脈々と受け継がれていきます。

勇さんが手掛ける万能ナイフ。キャンパーらアウトドア派に人気がある。
【写真(左・上)】
勇さんが手掛ける万能ナイフ。キャンパーらアウトドア派に人気がある。
【写真(左・下)】
九代目の稔さん(左)と十代目の勇さん(右)。鍛冶の技術は口伝で次の世代に受け継がれていく。
【写真(右)】
赤々とした鋼を叩いて、包丁の形にしていく。
加熱の燃料に食用油の廃油を使用するなど新たな試みも始めている。
加熱の燃料に食用油の廃油を使用するなど新たな試みも始めている。
■蓑毛鍛冶屋
【 工 房 】 人吉市下薩摩瀬町1596-3 Tel.0966-24-2597
【 店 舗 】 人吉市紺屋町70 Tel.0966-23-3874
■蓑毛鍛冶屋インスタグラム
https://www.instagram.com/minomo_kajiya10second/?hl=ja

寿福酒造場
500年の伝統 球磨焼酎

人吉市中心部。球磨川の支流・胸川は、人吉城のお堀の役割も担います。そのほとりに小さな焼酎蔵・寿福酒造場があります。人吉・球磨地方で醸される球磨焼酎の蔵元の一つで、地元産の米を使った手作りの製法を守り続けています。
 
米で焼酎がつくられるようになったのは1500年代半ばの戦国時代といわれています。当時、人吉・球磨地方を治めていた相良氏が琉球や中国との交易によって蒸留技術を学び、製造を推奨したのでしょう。そこからさまざまな進化を遂げながら、500年近く今に受け継がれています。最盛期の明治34年ごろには200を超える焼酎製造所がありましたが、現在残るのは大小合わせて28の蔵元です。

古式ゆかしい常圧蒸留

寿福酒造場は明治23年に創業しました。三代目杜氏の寿福絹子さん(70)四代目となる長男の良太(41)さんが蔵を守っています。絹子さんは球磨焼酎蔵の中でただ一人の女性杜氏。手作りにこだわり抜いた球磨焼酎を生み出しています。
球磨焼酎の製造法は大きく2種類に分かれます。減圧蒸留と常圧蒸留です。減圧は比較的新しい製法で、蒸留器の気圧を下げ低温で蒸留するため、さわやかな口当たりの焼酎ができます。一方の常圧はアルコールを高温で気化させ、コクと深みのある焼酎に仕上げます。多くの蔵元が常圧、減圧の両方を製造していますが、寿福酒造場は一貫して常圧蒸留にこだわり続けています。主要銘柄「武者返し」は、蔵元近くの人吉城跡の石垣のように重厚な味わいが特徴です。

蔵の入口に立つ寿福絹子さん。力仕事は長男に譲ったが、焼酎づくりへの情熱は冷めない。
【写真(左)】
蔵の入口に立つ寿福絹子さん。力仕事は長男に譲ったが、焼酎づくりへの情熱は冷めない。
【写真(右・上)】
寿福酒造場の「武者返し」は人吉城特有の武者返しを意匠としている。
【写真(右・下)】
寿福酒造場の向かいにはアニメで登場した祠があり、最近は撮影に訪れる人も多い。

甕(かめ)熟成で味わい深く

車通りの多い道から蔵の事務所に入ると、ほのかに甘い麹(こうじ)の香りが鼻をくすぐります。「壁についた黒麹の香りたい。こればきれいに掃除すると、焼酎の味も変わるとよ」と絹子さんは言います。蔵の奥に行けば行くほど、その香りは甘く、強くなります。
蒸留器以外、目立つ機械類はほとんどありません。麹室では蒸した米を手で混ぜ、もろみの発酵を目で見極め、蒸留した後の焼酎がタンクや甕で熟成されるのをじっくり待ちます。事務所隣の保管部屋には、甕がずらりと並び、瓶詰め前の「武者返し」が眠りについていました。中には10年、20年と長い熟成を経る甕もあるそうです。「力仕事はもう息子に譲ったよ」と微笑む絹子さんですが、焼酎づくりへの情熱はいささかも冷めていません。そして、その思いはこれからも受け継がれます。

コクのある球磨焼酎を生み出す蒸留器。寿福酒造場では昔ながらの常圧蒸留にこだわる。
【写真(左)】
コクのある球磨焼酎を生み出す蒸留器。寿福酒造場では昔ながらの常圧蒸留にこだわる。
【写真(右・上)】
主力商品の球磨焼酎「武者返し」。「杜氏 寿福絹子」は常圧の麦焼酎。
【写真(右・下)】
もろみを熟成させる甕。作業はすべて手作業で行う
甕に詰められ熟成される焼酎。時間の経過でまろやかな焼酎が出来あがる
甕に詰められ熟成される焼酎。時間の経過でまろやかな焼酎が出来あがる

「燗ロック」という飲み方

ストレート、ロック、水割り、お湯割りや最近では炭酸で割るハイボール風など、球磨焼酎はさまざまな飲み方を楽しむことができます。絹子さんが「武者返し」をおいしく飲むためにすすめるのが「燗ロック」です。生(き)のままの武者返しを人肌より少し高めの温度に温め、それを氷で満たしたグラスに注ぎます。普通のロックより芳醇な香りがたち、ほどよくアルコールが飛ぶので、米焼酎のまろやかさが際立ちます。
「ちょっと手間だけどね、たまがるごておいしくなるよ」と絹子さん。焼酎の燗は電子レンジでも簡単にできますが、ガラと呼ばれる球磨焼酎ならではの酒器を使い、直火で温めるのが乙な飲み方です。

■寿福酒造場
人吉市田町28 Tel.0966-22-4005
フェイスブック https://www.facebook.com/合資会社-寿福酒造場-133844630321006/

球磨焼酎には球磨の肴

鮎や山女魚の甘露煮、豆腐を味噌に漬け込んだ山うに豆腐や地域のお漬け物など、球磨焼酎には塩分のきいた肴がよく合います。いずれも球磨地方ならではのおつまみです。そんな中、料理研究家の相藤春陽さんが球磨焼酎のアテとして提案してくれたのは「和栗の渋皮煮」です。重厚な「武者返し」に、あえて甘味をぶつけます。
球磨郡山江村は国内有数の和栗の産地です。粒が大きく、甘みが強いのが特徴で、全国の料理人から注目されています。
表皮(鬼皮)をむき、中の渋皮だけを残して甘い蜜で煮た渋皮煮。和風のマロングラッセといったところでしょうか。米を醸した球磨焼酎と栗の甘さが心地よく混ざり合い、まさに口福。ウイスキーにレーズンやチョコレートが合うのと同様、蒸留酒である球磨焼酎にも甘味はとてもいい調和をもたらしてくれます。だまされた…と思って、乾杯!

旅で見つけたおいしいもの「やまえ栗」

今回の旅食レシピ「栗の渋皮煮」で使った栗は山江村の栗
人吉球磨地方の栗は全国で2位の生産量を誇ることをご存知でしょうか?
また、その中でも山江村のやまえ栗は生産量と品質がトップクラスであり、1977年には皇室献上品として選ばれており有名菓子店で長年素材として用いられ、おいしさと品質の確かさに評価を受けています。
やまえ栗のおいしさの秘密は、盆地特有の気候で、夏と冬、昼と夜の寒暖差が激しく、冬季は午前9時半ごろまで霧が晴れないこともあります。
また、梅雨や台風の時季には、雨量も多く、土砂災害が発生することもありますが、恵まれた土壌や気候から、栗栽培の好適地とされてます。
1992年に山江農協が球磨地域農協に合併されると、やまえ栗は球磨栗に混ぜられて出荷されるようになり、「やまえ栗」の名称は市場から消えてしまいました。
地域の名誉である「やまえ栗」の名が冠せられないため、出荷をやめてしまう農家もありましたが、村内では、栗を楽しむイベントや全国栗サミットが開催され、やまえ栗は村づくりと結びついています。
2008年頃から生産者や地域が栗の再ブランド化を行い「やまえ栗」ブランドを再構築して直接販売やルート開拓を行い商品開発などの機運も高まっています。
今回はやまえ栗のたくさんの品種の中から栗の王様とも称される大玉の栗「利平」を使って渋皮煮を作りました。
「利平」は、ゴルフボールほどの大きさのもあり甘みが強く、食味に優れ品質は極めて良好。外観も黒褐色で美しい栗です。

山江の栗の渋皮煮
山江の栗の渋皮煮
<詳しいレシピはこちら>
■山江の栗の渋皮煮
https://cookpad.com/recipe/5315874

取材文・写真:ホシハラカツヤ(69spirits)
料理紹介文 :相藤春陽(春陽食堂)
レシピ作成 :相藤春陽(春陽食堂)