#015

「端午の節句」に込められた、祈りと願い

風薫る頃、青空に泳ぐ「鯉のぼり」。風にはためく「矢旗(武者のぼり)」に描かれる図柄や、
「菖蒲湯」、「柏餅」などの一つひとつに込められた祈りと願いについてご紹介します。

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節句(節供)は、季節の節目(変わり目)に無病息災を願い、神様にお供え物をする行事で、日本で古くから行われてきました。
「端午(たんご)の節句」は、奈良・平安時代に中国から伝わったもので、“月の端(はじめ)の午の日”の行事でしたが、午(ご)と五(ご)の音が同じことから、5月の5日を指すようになりました。この日、中国では、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を用いて邪気を払っていたことから、「菖蒲の節句」ともいわれていました。日本では、鎌倉時代から、菖蒲=尚武とかけて、男子がたくましく、健やかに成長するようにと願う行事に変化したといわれています。
今回、端午の節句に欠かせない鯉のぼり、幟(のぼり)、柏餅などの背景についてご紹介します。

「鯉」は、中国の故事「登竜門(登龍門)」に由来する縁起物
鯉のぼり、矢旗(やばた)、五色(ごしき)の吹流し

風薫る頃、青空に泳ぐ「鯉のぼり」は春の風物詩の一つです。
鯉は“困難に負けず滝を登り、龍になった”という中国の故事「登竜門(登龍門)」に由来する縁起物とされてきました。
鯉のぼりの傍らに立てる「矢旗(武者のぼり)」には、武将、鎧(よろい)、兜(かぶと)、虎、鯉など、男の子の成長と立身出世を願う文様が描かれています。「鯉のぼり」は矢旗に描かれていた鯉の文様が時代と共に変化し、今の形になったといわれています。
鯉のぼりの支柱の上に掲げられる「五色(青・赤・白・黒・黄)の吹流し」は陰陽五行説に由来するものです。古代中国では、自然界のあらゆるものを「陰・陽」という2つの気に分ける思想がありました。この陰陽思想が、自然界は5つの要素「木・火・土・金・水」で構成されるという五行思想と結びついたのが「陰陽五行説」で、この五行の力が、邪気をはらうとされてきたのです。

【写真(上・左)】
明治5(1872)年に創業し、手描きで「矢旗」や「名前旗」を制作している合志市須屋の「矢旗染元 後藤染物本店」4代目の後藤爲次(ためつぐ)さん。熊本には、鯉のぼりの支柱の一番上に誕生した男の子の名前と家紋を入れた「名前旗」を掲げるという地域独特の風習がある。
【写真(上・右)(下)】
鯉のぼりの傍らに立てる「矢旗(武者のぼり)」には、男の子の成長を願う縁起物の龍、鯉、松、波などの文様が描かれている。熊本では武将・加藤清正公も人気だ。

■後藤染物本店

熊本県合志市須屋624-6
TEL 096-344-0786

阿蘇郡小国町下城杖立の「杖立温泉」では、平成27年4月1日(水)~5月6日(水・祝)に「鯉のぼり祭り」を開催。35年以上続くこの祭りでは、杖立川の上空におよそ3,500匹の鯉のぼりが泳ぐ姿を見ることができる。
※画像は、Team ASO様よりお借りしました。

■鯉のぼり祭り

問合せ:杖立温泉観光協会 TEL0967‐48‐0206

【写真(左)】
五色の吹流しにも使われている5色は「五行説」に基づいたもの。青(春)、赤(夏)、白(秋)、黒(冬)、黄(土用)という季節を表し、五穀豊穣を祈念しているともいわれる。
【写真(右)】
熊本県は総面積の約63%を森林が占め、優れた木工芸品が作られている。画像は「くまもと手しごと研究所」の人吉・球磨エリアキュレーターの福山修一さん(デザイン・木工&ハーブ「工人舎」代表)による、栗・山桑など球磨産の木材を使用した兜。
(兜は3,456円~、屏風は1,944円~ ※サイズによって異なります)
■工人舎 / 熊本県球磨郡あさぎり町上北474  http://www.koujinsha.jp/
「男の子が無事に成長しますように」という祈りと願いが込められています。
菖蒲(しょうぶ)と蓬(よもぎ)

節句の幟(のぼり)には、生まれた男の子が無事に成長するようにという祈りと願いが込められています。そこには、かつて飢饉や災害、疫病などによって子供の多くが成人を前に命を落としていたという時代背景がありました。
古代中国では、菖蒲を薬草として利用し、菖蒲を入れた湯治法や菖蒲酒を飲んでいました。それが日本に渡り、風習と融合し、5月5日の端午の節句に「菖蒲湯」に入る風習が今に残っています。
「蓬」もその香りの強さから邪気を払う薬草とされてきました。3月3日の「上巳の節句」にも菱餅(ひしもち)の下段の緑の餅には蓬(よもぎ)を練り込み、女の子の無病息災を祈り願います。

江戸時代の幟(のぼり)にも、その薬効と魔除け・厄除け、生命力を象徴する「菖蒲」や「蓬」が描かれている。
(北村勝史コレクション/江戸時代 筒描、手彩色 332.0×38.0㎝)
「金太郎」は平安時代の力自慢の武者として有名な坂田金時(さかたのきんとき)の幼名で、足柄山の山姥(やまんば)と赤龍の子であるとされたため、赤肌に描かれている。「強い子になれ」という祈りだけでなく、「疱瘡(ほうそう)除け」を兼ねていた。(北村勝史コレクション/江戸時代 筒描、手彩色 480.0×62.0㎝)

※上記の2つの幟は、2010年4月10日~6月13日に熊本市現代美術館で開催された「祝祭と祈りのテキスタイル―江戸の幟旗から現代のアートへ―」で展示された一部です。
「柏餅」は日本で生まれ、「粽」は中国の故事に由来します。
柏餅(かしわもち)と粽(ちまき)のお話

餡(あん)を上新粉で作った餅で包み、清々しい香りの柏の葉でくるんだ「柏餅」は、寛永年間の頃に日本で誕生したものといわれています。柏の木は神が宿る神聖な木で、新芽が出てから古い葉が落ちることから、特に子孫が生まれないと家系が途絶える武家社会において“子孫繁栄”を象徴する縁起の良い木とされてきました。
「粽」は米粉やもち米で作った餅を笹などの葉で巻き、細い円錐形に成形して蒸したもので、
中国・楚(そ)の国の詩人・屈原(くつげん)の故事に由来するといわれています。
屈原は陰謀によって国を追われ、5月5日に川に身を投げて亡くなりました。人々は屈原を弔うために川にたくさんの粽を流しましたが、ある日、屈原の霊が現れ「悪い龍に粽を取られないように、龍が苦手な楝樹(れんじゅ)の葉で包み、五色の糸で縛ったものを流して欲しい」と頼みます。人々がその通りにしたところ、粽は屈原に届くようになったといわれています。

【写真(左)】
生命力溢れる、若々しい香りが漂う柏餅。神に拝礼する時に手のひらを打って音を立てる作法も「柏手(かしわで)」というなど、柏の木は神が宿る神聖な木とされている。
【写真(右)】
中国から伝わった「粽」。餅を巻くのに茅(ちがや)の葉が使われたことから「ちがや巻き」が「ち巻」に変化したという説もある。かつては成形するためにい草が使われていたとか。
※「粽」の画像はえびす屋餅本舗様からお借りしました。

■撮影協力:「えびす屋餅本舗」

熊本市東区広木町30‐53
http://ebisuya2000.otemo-yan.net/