霜が降り始める「霜降」から冬のはじまり「立冬」へと、季節は晩秋から初冬に向かいます。
茶色い薄(すすき)の花穂が綿のように白く変わる晩秋の候。早くも年賀状など、年末年始の準備の便りが届く頃になりました。急に訪れる寒さを前に、冬支度を急ぐ時期です。
鍋料理や汁物に添えていただくと身体が温まる「柚子胡椒」の作り方、玉名郡玉東町「木の葉猿窯元」の来年の干支「申(さる)」の置物、11月中旬に最盛期を迎える肥後六花のひとつ「肥後さざんか」をご紹介します。

今回、「くまもと手しごと研究所」上益城エリア・キュレーターの山本紀子さんに、作りやすい分量にアレンジした柚子胡椒の作り方を教えていただきました。今年の冬は自家製の柚子胡椒作りに挑戦してみませんか。

「丙申(ひのえさる)」

“見ざる 聞かざる 言わざる”の「三匹猿」や、「馬乗猿」、「飯喰猿」などで知られる「木の葉猿」。2016年の干支の置物は、1948(昭和23)年、江戸時代の屋敷跡から発見された木の葉猿の、祈るような姿を再現して制作しています。
柚子の季節に作りたい
自家製「柚子胡椒」
鍋料理の季節に欠かせない「柚子(ゆず)」。熊本県では、上益城・球磨・玉名・阿蘇などで柚子が栽培され、8~10月頃には「青玉」が、そして11~12月になると「黄玉」が収穫されます。地域の伝統調味料「柚子胡椒(こしょう)」や「柚子ジャム」、「柚餅子(ゆべし)」など、柚子を使ったさまざまな加工品が作られています。
鍋物、だご汁や豚汁などに添えて、柚子の香りと唐辛子の辛味を楽しむ「柚子胡椒」は、青玉でも黄玉でも作ることができます。
「くまもと手しごと研究所」上益城エリア・キュレーターとして、季節の花、行事、風習など暦に関わる地域の情報を多く投稿いただいている山本紀子さん。幼い頃からご両親が柚子胡椒を作る様子を見て育った山本さんは、毎年秋になると青玉を使った自家製柚子胡椒を作ります。鍋料理などに添えていただくのはもちろん、ニンニクを加えてペペロンチーノなどの料理に使用するのもオススメだとか。
今回、山本さんに、作りやすい分量にアレンジした柚子胡椒の作り方を教えていただきました。今年は自家製の柚子胡椒で鍋料理はいかがですか?
(材料と分量※目安です)
■柚子皮…250g
■鷹の爪(青とうがらし)…250g
■塩…110g
■保存するガラス瓶
※柚子皮250gは約40個分ほどです。(大きさによって異なります)
※柚子皮、鷹の爪は基本的に同じ割合ですが、辛い方が良ければ鷹の爪を増やし、辛みを少なくしたいときは柚子皮を増やします。ただし、両方を足して500gを越えないようにした方が作りやすいでしょう。
※ここでは、にがり成分を含まない塩を使用するのがおすすめ。


肥後六花の一つ
肥後さざんか
童謡「たきび」の中にも登場する、冬の花「さざんか」。
さざんかはツバキ科ツバキ属で日本原産の花木です。
古くから園芸が盛んだった熊本では、植物の品種改良・保存が続けられ「肥後銘花」が誕生しました。その中の代表的な6つの花「ツバキ」「シャクヤク」「ハナショウブ」「アサガオ」「サザンカ」「キク」は「肥後六花(ひごろっか)」と称され、300余年の歴史を越えて、現在に受け継がれています。
「肥後さざんか」の花期は10月下旬から12月(最盛期は11月中旬)。中には翌年の1~2月頃まで咲き残る品種もあります。花の特徴は「一重大輪梅芯咲き」(育種の過程で作出した八重や千重咲きもあります)。花弁数は一重咲きで5~10枚、八重咲きで30~50枚。花径は5~15㎝、花色は紅・紫紅・濃紅・淡紅・桃・紅ぼかし・白があります。
肥後さざんかは会員外には出回らず、栽培家も限られていました。純品種の肥後さざんかを保存する目的で昭和42年に「肥後さざんか協会」が設立され、保存、改良、普及によって現在40品種が守られています。「熊本市動植物園」(熊本市東区健軍)では、毎年「肥後さざんか協会」による展示会を実施。 “肥後入日の海”“晩香”“出水の夜明け”“色も香も”など趣深い品種名とともに、その美しさを愛でてみませんか。
※肥後さざんかに関する説明は、「肥後さざんか協会」が作成されたカタログより引用させていただきました。(カタログは熊本市農商工連携推進課にて1冊300円で販売しています)
- ■[肥後さざんか展](熊本市動植物園)
- ・期間:2015年11月21日(土)~23日(祝)
・会場:熊本市動植物園
http://www.ezooko.jp/(別窓リンク)
・「肥後さざんか」「カタログ(資料)」に関するお問合せ/肥後さざんか協会(熊本市役所内)
TEL096‐328‐2384

※肥後さざんかの写真3点は熊本市動植物園様よりお借りしました。
来年の干支は「丙申(ひのえさる)」
「木の葉猿窯元」の申の置物
来年2016(平成28)年の干支は「丙申(ひのえさる)」。
玉名郡玉東町の「木の葉猿(このはざる)窯元」でも、すでに夏の終わり頃から干支の置物づくりが始まっています。
窯元の8代目・川俣早絵(かわまたさえ)さんは、両親が伝統の郷土玩具「木の葉猿」や干支の置物づくりに取り組む様子を見て育ち、小学生の頃から「将来は木の葉猿を作る仕事に就く」と決めていたとか。ちなみに川俣さんは申年生まれで、来年は年女だそうです。
「木の葉猿」は、“見ざる 聞かざる 言わざる”の「三匹猿」や、「馬乗猿」、「飯喰猿」などちょっととぼけた独特の風貌が特徴で、古代からの色彩や技法が受け継がれています。その誕生には、奈良時代に都からの落人が、夢枕に立った翁(おきな)のお告げの通り、この地にある“木葉山”の赤土で祭器を作り、その残りの土を捨てたところ、土が猿と化したという伝説があります。
1948(昭和23)年、江戸時代の屋敷跡から木の葉猿が発見されました。祈るような姿を再現した干支の申の置物が来年の幸や福を運んでくれそうです。
