令和元年(2019年)は、熊本において2つの国際スポーツ大会が開催されます。そのうちのひとつ「2019女子ハンドボール世界選手権大会」は、予選から決勝までの全試合が熊本で開催されます。「Hand in Hand 1つのボールが世界を結ぶ」をキャッチフレーズに、世界中から集結する選手や応援する人々の間に、国境を越えた人の輪がつながっていく大会になるよう、準備が進められてきました。11月30日の開幕から12月15日の決勝戦までの16日間、熊本は2年に一度の女子ハンドボールの世界一を決める戦いの舞台となります。大会の上位3チームに贈呈するメダルに、熊本の手しごとである肥後象がんが採用され、大会に向けて製作が進められています。
伝統の肥後鍔(つば)をモチーフに製作
開催地、熊本の手しごとをスポーツの世界大会の舞台へ
江戸時代初頭の鉄砲鍛冶であった林又七が始祖といわれている肥後象がんは、令和の時代までおよそ400年もの間、脈々とその伝統が受け継がれてきた、熊本を代表する手しごとです。かつては銃身や刀の鐔(つば)に象がんを施す装飾として発展し、武家文化の象徴のような存在でした。
深い黒地に金銀の意匠を施し、武士の持ち物としての重厚感と気品を感じる美しさは、肥後象がんの大きな特徴です。400年という長い年月の間に、武家社会は終わりを迎え、新しい時代の歩みとともに、肥後象がんは形を変えながらも、その技術は職人の手から手へ、受け継がれてきました。現代では、イヤリングやペンダント、ネクタイピンなどのアクセサリーやインテリアの装飾品などに伝統工芸の技術は活かされ、熊本のお土産品として求める人が多いといいます。

肥後象がんの技術を、女子ハンドボール世界選手権大会のメダルに採用することを検討されたのは、今年の1月頃。「熊本らしいもの」というテーマのもとに、肥後象がんのルーツである武家文化の象徴ともいえる肥後鍔(ひごつば)をベースに、桜の花びらを象がんで施すデザインが決定されました。
6月21日に正式にデザインが公表され、11月末の開会までに、メダルの金、銀、銅合わせて約100個がすべて手作業で製作されます。その製作を担当するのが、熊本市の城下町、新町に工房と店舗を構える「肥後象嵌 光助(みつすけ)」です。今回は、今まさに職人総出で進められているメダルの製作現場に伺ってきました。

伝統技術の粋をひとつのメダルに込めて
1つのメダル製作に2、3週間
肥後象がんの技術の粋が詰まったメダル
漆黒という表現がぴたりと当てはまるような、上品で気品を感じさせる生地の黒は、肥後象がんの大きな特徴でもあります。生地の鉄に錆液を塗り、火で炙り赤さびを出し、お茶で炊いて錆止めし、さらに最後に油仕上げでこの美しい色を出しています。さらに、この工程に、布目切りや磨きだし、すじ打ちといった象がんの工程がプラスされます。文章にしてしまえばほんの数行ですが、400年もの間に確立されてきた伝統の技術であり、気温や湿度などの気候や、つくるものによってその工程にかける時間や手間が変わります。ひとつの作品を仕上げるにも、かなりの時間を要することがわかります。今回の女子ハンドボールで贈呈されるメダル1つをつくるのに、最初の工程から仕上がりまで2、3週間かかるといいます。「肥後象嵌 光助」の4代目である大住裕司さんは、「肥後象がんが武家文化として栄え、後世まで受け継がれてきたのは、肥後の砂鉄といって、良い原料に恵まれていたことがあると思います。江戸時代は、注文を前払いで受けていたので、時間をかけ、手間をかけ、つくられているのでとても素晴らしい作品を見ることができます」と、肥後象がんが熊本で発展し、伝統的工芸品の代表格として現在も受け継がれている背景について教えてくれました。


今回の女子ハンドボール世界選手権大会のメダルは、刀鍔、肥後鍔(つば)がモチーフになっています。武士の誇りともいえる刀鍔の重厚感のあるベースに、女性の優しさ、華やかさ、そして日本らしさを表した桜の花びらで表現したデザインに仕上がっています。特に注目したいのは、最後の仕上げ工程である「すじ打ち」。花びらにすじを入れて立体的に見せたり、象がんに命を吹き込むとても難しい技術だといいます。「この最後のすじ打ちは、熟練した職人が担当します。非常に細やかな作業で、象がんの表現が立体的で、とても生き生きとしたものになります」と語る大住さん。できあがった金銀銅のメダルを見てみると、その細工の細やかさと、優しいラインがわかります。11月30日から熊本で開催される女子ハンドボール世界選手権大会。最後の表彰台に上がる選手たちの胸元には、勝利の誇りと、熊本の手しごとの誇りが光っている光景が目に浮かび、今から期待が高まります。

