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#042

自然と寄り添う隠れの里で受け継がれる早苗餐(さなぶり)のみょうが饅頭

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09/22

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土地柄、という言葉の通り、私たちの暮らしは土地との強いつながりがあるもの。風習や文化、話し言葉、気風までも、その土地のものとして独特なものが生まれ育ち、受け継がれています。土地によっての違いや特色は、ある意味“豊かさ”に通じるものがあります。このコラムでは、熊本県各地域の“地域を愛する人”に、その土地にまつわることをご紹介していただきます。

八代地方・宇城地方を中心に、初夏から夏の終わり頃まで食べられる郷土のお饅頭があります。
知る人ぞ知る、そのお饅頭とはこちら、『みょうが饅頭』です。
『みょうが饅頭』と聞くと、「ミョウガがお饅頭の生地に練りこんであるの!?」とか「ミョウガの饅頭!?変わった味がしそうですね」とおっしゃる方がいます。ですが、みょうが饅頭には普段みなさんが口にするミョウガの花穂部分ではなく、葉っぱが使われているのです。
青々としたミョウガの葉が眩しい初夏の頃、熊本県南部の地域では集落のお母さんたちが葉っぱを収穫し、丸めた団子や饅頭にこの葉っぱをくるりと巻きつけて蒸かします。蒸かしている間は、ミョウガの葉の何ともいえない爽やかな香りが立ち込め、お饅頭を食べる前から、匂いだけでも楽しむことができます。

【写真(左)】
みょうが饅頭
【写真(右)】
ミョウガの葉

熊本県南部の一部の地域では夏のソウルフードとも言っても過言ではない、この『みょうが饅頭』。お盆で帰省した際に必ず食べていて、毎年それを楽しみに熊本に帰るという人もいるほどです。
今回は、八代市坂本町・渋利(しぶり)地区に古くから伝わる一風変わった伝統行事「百万遍(ひゃくまんべん)」に見られるみょうが饅頭の食文化と、自然と共生する坂本町の人々の夏の暮らしについてご紹介します。

※今回の記事は、2018年の夏に取材したものを元にしています。

ミョウガの葉を収穫するばあちゃん

渋利の百万遍

渋利地区は坂本町の中でも特に歴史が古く、平家の落人伝説も残る「隠れの里」。昭和の初め頃には40世帯ほどあったそうですが、現在は20世帯ほど。その全世帯が米をつくっていた時代は、もう遠い昔の話となり、現在は片手で足りるほどの軒数となってしまいました。
渋利地区では毎年、集落全世帯の田植えが終わると必ず行う行事があります。それが、「百万遍」です。
いわゆる、早苗餐(さなぶり)の行事であり、田植えが終わったことを労い、豊作を祈るために行われます。
具体的には、集落の高台に位置する「毘沙門天(びしゃもんてん)」のお堂に住民が集まり、巨大なひとつの数珠を全員で車座になって回すといったものです。
中央には鐘を鳴らす人が1名おり、一定の速さでひたすら鐘を叩きます。その鐘の音に合わせて、住民は大数珠を回し続けます。

【写真(左)】
渋利の田んぼ
【写真(右)】
お堂で大数珠を回す様子

中央の鐘のところに下げてあるお札は、害虫除けの意味があるそうで、「奉念佛百万遍」と書かれています。昔はこのお札を1枚1枚、それぞれの田んぼに立てていたそうです。

鐘をならす人を囲んで回している住民の様子

この巨大な数珠は桐の木でつくられており、よく見るとひとつひとつの数珠の大きさがまばらで手作りの温かさを感じます。持ってみると意外にも軽く、すべすべしていて手触りが良く、長い間大切に使われてきたことが分かります。

大数珠を回す時間は、現在は1時間程度とのことですが、かつては線香が7本分燃え尽きるまでと決まっていたそうです。近年は参加する住民も高齢者のみですが、賑わっていた頃は子どもや若者の参加もあり、この毘沙門天の堂さんに人が入りきらず、外から眺めている人もたくさんいたと言います。

渋利のみょうが饅頭

数珠を回し終えると、直会(なおらい)へと移ります。渋利地区の百万遍の直会は手作りの煮しめや酢の物、お漬物に赤飯にと豪華です。
しかし、一番の名物は何といってもそう、この『みょうが饅頭』なのです。
参加者全員がみょうが饅頭を重箱いっぱいにつめて持参し、なんと他の家庭のものと交換をします。

【写真(左)】
直会の食事
【写真(右上)】
百万遍のみょうが饅頭
【写真(右下)】
みょうが饅頭を交換する

これが、長い間受け継がれてきた渋利地区の百万遍のしきたりです。
みょうが饅頭といっても、それぞれ家庭ごとに作り方も味も異なります。渋利地区に嫁いだ女性は、その家に代々伝わるお饅頭の作り方を学びます。逆に渋利地区から嫁いで外に出ていった女性は、この渋利のみょうが饅頭のことを『渋利まんじゅう』と呼んで懐かしみ、渋利まんじゅうを食べに帰ってくることもあるそうです。

いろいろなみょうが饅頭を持つばあちゃん

坂本町の人々の自然と共生する夏の暮らし

渋利地区にはこの百万遍の他にも四季を通じて、集落の自然の中の暮らしに息づいた祭りや習わしが行われています。
特に夏を代表するものとして、この百万遍以外にも「川祭り」があります。「川祭り」は渋利地区に限った話ではなく、他の坂本町の集落でも、川沿いの集落や水の豊かな集落は川祭りをとても大切にしています。

【写真(左)】
渋利山の神さま
【写真(右)】
用水路

地区によって祭りの内容は様々ですが、どの地区も必ず川の神様へ祈りをささげ、集落を流れる川にキュウリなどの野菜を流したり、お菓子を流したりします。とある地区では川祭りの神事の際に、住民が家族の人数分の服を持ち寄り、お祓いをしてもらいます。
坂本町の人々の日々の暮らしは決して派手ではありませんが、毎年決まったことを決まった時期に粛々と行い、常に自然のリズムを大切に自然に寄り添って暮らしています。
今回の7月4日の豪雨災害により、坂本町も甚大な被害を受けました。2018年の取材の際にご協力いただいた方の中には、被害に遭われた方が多くいます。これまで長い間、自然と共生し自然への敬意をしっかりと払ってきた坂本町の住民ですが、今回ばかりは自然災害に泣かされてしまったようです。
それでも自然を恨むことなく、既に前を向いて、坂本町でまた自然と共に暮らそうと決意した住民もいます。
坂本町の人々の自然の中での美しい営みがこれからも続いていくことが、たくさんの人たちの願いです。

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