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#044

ゆっくりと時が流れる和水町の手作り家具職人

今日は何の日?

09/22

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丁寧にやすり掛けされた椅子の背もたれ。そのやわらかな曲線をすりすりといつまでも触っていたい気になります。子供向けのゆらゆらする木馬。子供向けのものでもその美しい造形が、子供がいなくてもなにか心の中にやわらかな感情がわいてきて部屋に置いておきたい気持ちになります。ほかにも、木を組み合わせたシンプルな鍋置など手ごろなものまで。それらの作品を作るのは和水町で「工房 +木」を構える木工作家・小野 弥(ひさし)さん。今回のコラムではIターンで熊本に来られ、木工作家として作品を生み出している小野さんに、ものづくりについて伺います。

東京で生まれ、父の仕事の都合で埼玉、宮城と転々とした後は千葉で20年。
そんな私が縁もゆかりもなかった熊本県北の和水町に移住したのは2001年のことでした。
木工を生業とする私が和水町でたまたま住んだ地区の名前が「用木(もといぎ)」というのは、今にして思えば何かに導かれてきたような気がします。
私の仕事は一般的に木工作家と呼ばれるのかもしれません。でも私自身は手作り家具職人という肩書が好きで、釘やネジを使わずに昔から伝わる木と木を組む技法で、使い勝手がよく丈夫で長持ちする一生ものの家具を作っています。
オーダーが中心なので作るものはその都度変わります。設計や材料の仕入れから全て一人で行うため、効率よく収益を上げるのはとても難しく大変な仕事です。
それでもお客様はもちろんですが、多くの方に支えられ、細々とでもこの仕事を続けられていることに感謝する毎日です。

※釘やネジを使わず伝統的な木と木を組む技法でつくる家具。鉋掛けは細心の注意をはらいながら行います。きれいな削りくずができると、とても気持ちいいのです。

そもそも大学卒業後30歳までサラリーマンをしていた私ですが、田舎暮らしへの憧憬をずっと持っていました。移住したいと思っていたのですが、そのためには仕事が必要。そこで転職するなら物を創る仕事がしたいという思いと、木という素材に魅かれていたことで、木工の道を選びました。
最初は東京の公共職業訓練校で道具の仕込みから機械の使い方まで1年間かけて一通り教わりました。鑿(のみ)鋸(のこぎり)鉋(かんな)などを駆使して加工した木と木がピタッと組み合わせるときの気持ちよさ。木工の面白さにぐんぐん引き込まれました。
一方、木は湿度により収縮したり反ったりするので、それらを踏まえたうえで支障が出ないように加工しなければなりません。無垢の木を扱う難しさや奥深さには訓練校当時から今でも変わらず感じています。
訓練校終了後に福岡県にある社員15名ほどの家具工房に就職しました。しかし私の望む丁寧な仕事とは程遠い組織でのモノづくりに限界を感じ、1年後には独立。木工機械がそろった町の施設が借りられたという理由で和水町(当時は菊水町)にたどり着きました。

※和水町の風景はたくさんのインスピレーションを与えてくれます。

こうして熊本の小さな町で家具を作る暮らしが始まりました。
ここでは時間がゆったり流れている感じで作業に没頭できますし、豊かな自然からインスピレーションを受けることもあります。さらに周囲の家まで離れているため木工機械を使うときに出てしまう騒音を気にしなくてもいいということも都会には無いメリットです。
また木工以外にも熊本にはレベルの高い作家さんが多くて、そんなものづくりの先輩や同輩から刺激を受けることも多々あります。
さらに田舎はコミュニティがしっかりしているので、地域の活動などを通して仕事を頼んでくれる方も少なからずいて、製作する環境としては素晴らしいというのが実感です。

※オーダーが主体ですが、定番の家具も。すべて最初から一人で削り、組み上げます。

しかし、私の作る家具は前述のとおり基本的に釘やネジを使わないので手間がかかります。ライフサイクルコストや中間マージンがないことを考えるとコストパフォーマンスは高いと思います。けれどコンスタントにオーダーを受注することは難しく、販売についてはいまだに試行錯誤の連続です。
これまでクラフトイベントやグループ展、熊本や福岡の百貨店での催事出展も経験してきました。そんな2019年、訓練校に通い始めてから20年の節目に熊本市の島田美術館ギャラリーで初めての個展をさせていただきました。個展はその気になればいつでもできたのかもしれませんが、木工を始めて20年たってようやく覚悟が決まったという感じでした。
そして2020年秋には東京・銀座のギャラリーで個展を開催しました。
私としては椅子やテーブルなどの家具を見てほしいという思いがあり、東京まで作品を贈るのはハードルが高すぎてこれまで考えたことすらありませんでした。ですが考えてみるとスツールなど宅配便で送れる小さな家具と雑貨だけでもそれなりの展示ができるのではないかと気づきました。実際にやってみると段ボール10箱分の荷物を送るのは大変でしたが、兎にも角にも不可能だと思っていた東京での個展を実現することができました。
会期中は東京近郊の友人・知人(中には20数年ぶりという人も!)が大勢足を運んでくれました。そのほとんどは私が熊本で家具を作っているということは知っていても、きちんと作品を見るのは初めてという人ばかり。個展という形で私の仕事の成果を見てもらえて、とても良い機会になりました。
初日の新聞夕刊に個展の紹介記事を掲載していただいたこともあって、翌日からは新聞を見て来られた方が結構いらっしゃいました。取材の話を頂いた時には夕刊を読む人は以前より少ないだろうと思いましたし、それほど大きな記事ではなかったにもかかわらず、反響の大きさにさすが東京と驚いたところです。
こうしてコロナ禍にも関わらず無事に東京で個展を開催し、多数の方のご来場をいただき盛会のうちに終了できたことに心より感謝しています。

※東京の個展では、スツールや小物などを主体に展示販売しました。

まだまだ先行き不透明な世相です。そもそも安定した仕事でもないので不安もあります。
ですがこれまでの経験と実績、そして何より様ざまなご縁を大切にしつつ、これからも和水町で製作に励んでまいります。

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