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八代神社の妙見祭

2019年11月26日更新
【キュレーター】眞藤 隆次 八代エリア

少し遅くなりましたが先週の土曜日11月23日(土)に八代神社の妙見祭を見てきましたのでご紹介します。

このお祭りは長崎市の「長崎くんち」、福岡市の「筥崎宮放生会」とともに九州三大祭のひとつなのだそう。
UNESCO(国際連合教育科学文化機関)にてユネスコ無形文化遺産に登録されたことで一段と有名になりました。

妙見神社の起こりについては680年(白鳳9)年に妙見神が人に身をやつして亀蛇の背に乗って中国・寧波から海を渡り八代の竹原にあった港に着いたという説、百済国聖明王(在位514?540年・日本に仏教を伝え、任那の復興に尽力)の第三皇子琳聖太子が同じく竹原に上陸して伝えたなどの説があります。
いずれにしても八代の竹原に海外と往来する港があったこと、渡来系の文化が八代にもたらされていたことがわかります。
その後、中世の相良氏、肥後国主となった加藤氏、そしてその後を継いだ細川氏・松井氏によって妙見神社は厚く庇護を受けました。

現在の祭は八代城に引退した細川忠興が1636(寛永13)年から神輿を作らせ神幸行列などの祭礼を定めたことから始まりました。
さらに元禄期に八代城主の松井直之の時代に神幸行列に百姓衆の奴、町衆の獅子・傘鉾・亀蛇が加わり現在の姿に近づきました。

さて、それぞれの傘鉾は各町によって奉納されます。
先週土曜日のお祭りでは、年かさの大人たちの掛け声とともに、その町から参加した子供達が一斉に「ほーい、ほい!」と掛け声をかけ、町とともに子供が育ち役割を得ている姿が微笑ましい感じでした。
またその傘鉾の多くには細川家の九曜の紋が描かれ、異国風の獅子などに往時の時代の雰囲気が感じられます。
このようにしてずっと380年も、この祭と町の心が代々伝わってきているのですね。

最後に亀蛇が撮影している私に気づいてドーンとサービスしてくれましたのでその映像をアップしておきます。

このような祭が続いている八代の暮らしの文化の高さを感じた1日でした。