「人にも環境にも優しい」をモットーに 植物の持つ美や力を精一杯引き出す
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やがて季節は春から夏へ。春分から数えて八十八日目にあたる「八十八夜」も近づく頃、山鹿市鹿北町でお茶と筍料理をいただきながら、薫風の季節を想います。
矢部茶と並び全国的にも知られている「岳間(たけま)茶」。ところが、鹿北町に来てここがお茶の産地だということに気づく人はめったにいません。というのも、主要幹線道路から、お茶畑が見えないのです。お茶畑どころか、お茶畑によく見られる霜取りの扇風機を見つけることもできません。それもそのはず、鹿北のお茶畑は、幹線道路から入った集落のさらに上の高台に作られていることがほとんどだからです。
鹿北地域は、面積の約7割が山林という山間の地域。川沿いのすぐ近くまで山が迫り、平地は限られています。利水の良い平地は水田や畑地として農作物が作られ、山肌の傾斜地は杉や檜(ひのき)などが植林されています。そのため、鹿北町で茶畑を見たいと思ったら、幹線道路から集落に入り、山への道を登って行きましょう。しばらくすると、日射しをタップリ浴びて茶葉がキラキラ輝く茶畑が、ゆったりと広がっている風景に出会うことができます。
じつは、鹿北町は寒暖差の激しい土地で、夏は暖かいですが、冬には茶畑にも雪が積もることもあります。谷川から発生する濃い朝霧で覆われることも多く、質の良い茶葉が生育するのに非常に適しているといわれています。おかげで、岳間茶の茶葉は、他の産地の茶葉と比べて葉に厚みがあり、お茶の成分が多く含まれており、香り高く色も鮮やかだといわれています。さらに、岳間茶の特徴である「香りの高さ」「色鮮やかなグリーン」を出すために、製茶の際、揉む作業を重視した蒸し製法を採用するなど作り方にもこだわっています。甘みのあるまろやかな風味を楽しんでいただけるよう、普通の何倍もの時間をかけて蒸気で蒸して作るのです。
平成26年3月。福岡県との県境に近い山鹿市鹿北町星原(ほしはら)地区に一つの記念碑が建立されました。記念碑には「岳間茶発祥之地」という文字が刻印され、傍らには「番所」と刻印された石碑があります。この記念碑は、1632年に肥後細川藩主細川忠利公が、領地視察で「星原の番所」を訪ねた際、飲まれたお茶を気に入られ、献上を命じたことを記念して建てられた石碑です。その後、小代焼の壺一つに3.28kgのお茶が詰められ熊本城へ納められます。さらに、公益財団法人永青文庫所蔵「覚帳(おぼえちょう)」に、1764年には、年間茶壺62個分の203kgをお買い上げになったことが記されています。
つまり岳間茶は、はじめは年貢として収める「献上茶」だったものの、後にはお殿様にお買い上げいただく「御用達茶」の栄誉を受けていたというわけです。代々の細川藩主が、岳間茶の味わいを高く評価していた証しといえるのではないでしょうか。また、明治時代には、茶葉が増産されるようになり海外にも輸出されました。当時の繁栄の様子を歌った「茶山唄(ちゃやまうた)」は「茶山唄踊り」と共に、今なお歌い継がれています。(「鹿北茶山唄」は全国でも珍しい3部構成で、民謡愛好者に人気があり、毎年10月に全国大会が開催されています)
鹿北茶の品質は、第47回全国大会での「農林水産大臣賞」や第62回全国茶品評会「蒸し製玉緑茶の部・産地賞」の受賞など、高く評価されてきました。しかし、手軽に飲めるペットボトルのお茶の普及などに伴い、販売数が減っているというのも事実です。そこで、岳間茶のみならず、生活の中でもっと日本茶を楽しんでもらえるようにと、鹿北町の茶葉生産農家をはじめ製茶店の若手有志が集まり「Green tea」というチームを結成。農業体験としてのお茶摘み体験や、おいしいお茶の淹(い)れ方の体験講習会を開くなどの活動にも力を入れています。実際に、茶葉に合わせてお湯の温度や蒸らす時間をしっかり守ってお茶を淹れると、色や香りはもちろん、出汁(だし)にも似た旨味も味わうことができ、まさに目からウロコ。ヤカンやポットから急須にお湯を注ぎ、程なくして淹れたお茶とは全く違ったお茶の風味が感じられ、ゆっくり味わうお茶のおいしさが身にしみる体験でした。
また、4月から5月にかけて、山鹿市鹿北町の「道の駅かほく 小栗郷(おぐりごう)」で、茶畑周辺の風景や、新茶を堪能できる下記のような催しが開催されます。
おいしいお茶を楽しむために欠かせないのが、おいしい水です。岳間地域に降った雨水は、豊かな岳間の山林によって浄化され、いくつもの湧き水となって鹿北の地を潤し、豊かな自然と食文化を支えています。
そんな湧き水の一つが、岳間渓谷の入り口にある「湯の水公園の水くみ場」です。もともと熊本の水はおいしいと定評がありますが、岳間の湧き水で淹れたコーヒーやお味噌汁はさらにまろやかで、素材の味が活きると評判。現在は、岳間渓谷入り口から入ってすぐのところを左折し、川を渡った場所にある農産物販売所横に水くみ場が設けられています。地元の方々はもちろん、週末だけでなく平日も、菊池や熊本市内、福岡方面から、多くの人がたくさんのペットボトルやタンクを持って訪れます。
土日には、水くみ場に隣接する「湯の水公園販売所」で地元の農産物と、婦人部のみなさん手づくりの漬物や加工食品が販売され、「お茶やお漬物のサービスを楽しみに水をくみに来る」という方もいるほど、人気の場所となっています。
さらにもう一つの水くみ場は、湯の水公園より下流の小川内地区にある湧き水。県道18号沿いにあるこの水くみ場も、いつもたくさんの人が水をくみに来ています。この水くみ場の近くにある「小川内(こがわち)農産物直売所」でも、地元の農産物の販売が行われ、お茶やお漬物のサービスがあるのがうれしいところ(土日のみ)。お茶をいただきながら、お漬物の漬け方や、販売されている野菜の調理方法などを聞くのも、楽しいひと時になることでしょう。
人手不足で手入れをするのが難しく、放置された竹林が増えている中、鹿北町では、竹の根本まで十分に日射しが届くように手入れされた竹林も多くあります。十分な間隔を空けて間引かれた竹林の土は、竹の葉が何層にも降り積もり、歩くとふかふかのじゅうたんの上を歩いているようなやわらかな感触です。目を閉じて、風に揺られサワサワと音を立てる竹林の音に耳を傾けていると、気持ちが落ち着いて、身体が軽くなるような気がしてきます。森林浴という言葉がありますが、竹林浴という表現をしても良いのではないでしょうか。
熊本県産筍の約7割が鹿北町を含む県北地域で収穫されていますが、2月下旬から5月頃に旬を迎える鹿北町の筍は、短くて底が丸い“ずんぐりむっくり”した形が特徴です。薄茶色で皮の表面にしっかりとした艶があり、うぶ毛が揃っていて、ずっしりと重たいものが特に良い筍だといわれています。さらに、上部まで土が付いているものは、掘りたてで新鮮なものの証拠。筍を選ぶ際の参考にし、先に紹介した「湯の水農産物販売所」や「小川内農産物直売所」はもちろん、「道の駅かほく小栗郷」などの農産物販売所で、ぜひおいしい筍を探してみてください。また、今年で第6回目となる「たけんこ街道」が平成26年3月25日(火)からスタート。4月30日(水)までの期間、鹿北町内10店舗のお食事処で、それぞれ工夫された筍づくしのお料理をご堪能いただけます。
※「たけんこ街道」の詳細は
TEL0968-32-2068にお問い合わせください。「人にも環境にも優しい」をモットーに 植物の持つ美や力を精一杯引き出す
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