「人にも環境にも優しい」をモットーに 植物の持つ美や力を精一杯引き出す
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凍えるような寒さの中、新しい季節の訪れが待ち遠しい時期。
春を感じさせる上益城郡山都町の「ふきのとう味噌」、熊本市南区の「新酒の仕込み」、八代市の「宮地の手漉き和紙」づくりの風景をお届けします。
一年で最も寒い時期から早春へ。
季節は移り変わり、物事や状況は必ず変化することを強く感じる時期です。
春の訪れが近づいていることを告げる上益城郡山都町の「ふきのとう味噌」、酒蔵の「春の新酒」の仕込み風景、寒い時期に漉く八代の「宮地の手漉き和紙」の様子をご紹介します。
上益城郡山都町で「食彩の里 ふしみ」を営む、岩本智鶴さんと岡ムツミさん姉妹。春は筍・ワラビ・山椒、秋は栗、冬は柚子、そして早春の蕗の薹(ふきのとう)など、山里の豊かな食材を取り入れた料理が季節の訪れを感じさせてくれます。
雪解けの時期にその姿を現すことから「春の使者」といわれる「蕗の薹(ふきのとう)」。1月末から3月上旬頃(2015年は12月にその姿を見かけていたとか)に、日当たりの良い土手などから、ころんとした黄緑色の頭が覗かせます。「雪の下や枯れ葉の中にその姿を見つけると、まだ寒い時期なのに…と愛おしくなりますね」と岩本さん。「ほら、あそこにも、ここにも!」と教えていただき、じっと目をこらしてようやくその姿を見つけることができました。
岩本さんと岡さん姉妹は、毎年早春になると上益城地域で採れた蕗の薹を茹でてアクを取り保存し、刻んだものを甘味噌と合わせて「ふきのとう味噌」を作ります。その風味が春の息吹を感じさせてくれると、県外のファンからの問合せも多いとか。保存した蕗の薹を使って少しずつ作る味噌は、5月から6月頃には在庫がすっかり無くなってしまう人気の逸品です。
摘みたての蕗の薹の葉を開き、「天ぷらの衣を固めに作り、裏側(下側)だけに少し小麦粉をはたき、更に天ぷらの衣をつけて、浮かせるようにして熱した油で揚げます。するとアクが抜けて美味しく食べられますよ」と岡さんが調理の仕方を教えてくれました。
「蕗の薹やワラビなどを探していると、季節毎の美しい山野草にも出合います。りんどう、ウメバチソウ、らっきょうの花…どれも本当に綺麗で可愛いんです」と岩本さん。普段何気なく見ている風景の中に、新しい季節の訪れを告げる自然の使者が多く存在することに気づかされます。
小寒から立春までのおよそ30日間を「寒の内」と呼びます。その中間にあたる一年で最も寒い時期「大寒」は、空気中の雑菌が少なく水質も良いということから、味噌・酒などを仕込むのに適しているといわれています。
1月から2月にかけて、日本酒の仕込みがピークを迎える「瑞鷹株式会社」(熊本市南区川尻)を訪ねました。
「大寒は、日本酒の中でも低温長期でゆっくり発酵させることで芳醇な香りを育む“吟醸酒”造りに適している時期です」と、「瑞鷹株式会社」常務取締役・吉村謙太郎さん(「くまもと手しごと研究所」熊本市エリアキュレーター)が教えてくれました。
一般的に日本酒は、酒造米を精米し、洗米、浸漬(水に漬けて吸水させる)、蒸米、もろみ(酒母に麹・蒸米・仕込み水を加えて発酵させる)、上槽(酒しぼり)、澱(おり)引き・ろ過、火入れ(低温加熱)、貯蔵、割水、瓶詰めの工程を経て完成します。酒蔵では、毎年9月末頃の製造祈願祭から日本酒を仕込み始め、4月頃の「皆造(かいぞう:その年の酒造りを全て終えること)」で酒造りを終了します。
ろ過、火入れなどをせず、上槽を終えた段階で瓶詰めするフレッシュな生原酒(無ろ過)は春の楽しみの一つ。「瑞鷹株式会社」では、昨年10月から仕込みを始めた本醸造酒を皮切りに、純米大吟醸、純米酒などの新酒が11月下旬から春にかけて次々と出荷されていきます。
春の初々しい新酒と、ろ過や火入れなどを経て熟成させ、秋に味わう「ひやおろし」。私たちは、春と秋の2度、各々の時期に誕生する、味わいの異なる新しい日本酒を楽しむことができるのです。
1600(慶長5)年に、加藤清正から招かれた柳川藩の紙職人・矢壁新左衛門(やかべしんざえもん)によって、八代市宮地地区に興(おこ)った「宮地手漉き和紙」。八代神社(妙見宮)のすぐ近くに工房と自宅を構える、「宮地手漉き(みやじてすき)和紙」職人の宮田寛さんを訪ね、寒い時期に行う紙漉き作業を拝見しました。
紙を漉く前に、クワ科の楮(コウゾ・カジ)を水に浸け、煮て、水気を切り、晒(さら)し粉を使って漂白し、すすぎ、原料を細かくほぐし、あらかじめ水に浸けておいたノリ(トロロアオイ)を加えておきます。それを漉いた和紙は圧力をかけて水分を抜いて半日程度置き、乾燥させ、裁断します。気温が高いとトロロアオイの成分が働きにくくなるため、寒い時期に手早く作業を行うことが、品質の良い和紙をつくる条件だといいます。
宮田さんはこの冬、12月下旬から1月中旬までの期間に紙漉きの作業を行いました。その中には、春に学び舎を巣立つ、地元の保育園児、小学6年生、中学3年生の卒業証書も含まれています。今年で82歳になる宮田さん。「和紙を漉くのはもうそろそろ最後になるかもしれまっせん」とポツリ。冬の寒い時期に行う作業は身体にこたえると言います。
宮田さんが漉く宮地手漉き和紙は、熊本県伝統工芸館1F「工芸ショップ 匠(たくみ)」などで販売されています。また、八代市の「手描き友禅 はるかぜ工房」の吉田春香さんは、宮田さんの和紙にイラストを施し、祝儀袋やブックカバーを制作しています。
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