「人にも環境にも優しい」をモットーに 植物の持つ美や力を精一杯引き出す
[ #049 ]
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江戸時代には細川藩の御用窯をつとめた八代焼上野窯。当時から受け継がれる象嵌技法を守りながら、独自の感性で伝統工芸の新たな表現に挑む13代目を訪ねました。
2階建てや3階建ての古い木造建築が立ち並ぶレトロな街並みが往時の風情を漂わす日奈久温泉。江戸時代には細川藩の藩営温泉として栄え、八代城主・松井氏や参勤交代途上の藩主らもこの湯に浸かって体を休めました。八代焼上野窯(やつしろやきあがのがま)は、そんな情緒豊かな温泉街の一角に佇んでいます。八代焼と聞いてまず思い浮かぶのは、渋いグレーと桜の花びらの模様ではないでしょうか。日差しがほんのりと春めき、早咲きの桜が蕾を膨らませる頃、八代焼上野窯の次世代を担う13代目・上野浩平さんの元にお邪魔し、代々伝わる窯の伝統技術や作陶への思いについて話を伺ってきました。
八代焼上野窯の歴史は古く、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時代に遡ります。1592年の文禄の役の際、加藤清正に従って日本へ渡ってきた朝鮮陶工の尊楷(そんかい。後に上野喜蔵高国〈あがのきぞうたかくに〉と改名)が、大名茶人・細川三斎の命を受け豊前国上野(あがの)に窯を開きました。その後、細川家の領地移転(肥後転封)に伴い、1632年に八代郡高田(こうだ)村に八代焼第一の窯を開窯します。この地名から、八代焼は高田焼(こうだやき)とも呼ばれています。分家を含む上野家三家は細川家の御用窯として優れた茶陶や日用の道具を納めましたが、明治に入って藩の保護が無くなると分家二家は廃窯。明治25年に日奈久に窯を移した宗家のみが絶えることなく象嵌青磁の技法を守り、昭和天皇への献上品を制作するなど数多くの名品を世に送り出しています。現在は12代浩之さんが当主を務め、長男の浩平さんは13代目として父と共に日々創作に取り組み、技を磨いています。
髪をきゅっと後ろで束ねた姿が凛とした印象の浩平さん。代々続く宗家の長男として生まれ、幼い頃から跡取りとして祖父や父の指導を受けてきたのかと思いきや、意外なことに「ろくろに触ったこともないし、家業を継ぐように言われたこともありませんでした」。プラモデルが大好きで、憧れの職業はフィギュアなどの原型を作る造型師だったといいます。東京藝術大学では彫金を専攻。「その頃はいずれ自分も焼きものの世界に入るのかな、と漠然と考え始めていました。今後の人生、土に携わる時間が長くなるのなら、土以外の素材や違う世界を体験することは絶対やっておいた方がいいという思いがありました」。大学卒業後は陶磁器の基本を学ぶために京都市伝統産業技術者研修陶磁器コースに通い、一年後に帰熊。父・浩之さんに師事し、本格的に陶工としての修業を始めました。
八代焼は、ろくろで成型した素地が半乾きのうちに竹ベラや押印で文様を彫り込み、その凹面に白土を埋め込んで雲鶴手(うんかくで)や三島手(みしまで)、暦手(こよみで)などの繊細な象嵌を施す「象嵌青磁」という独特の技法で作られます。繊細な作業を短時間で行う必要があるため、高い技術力が必要なうえ大量生産はできません。修業をスタートした当初は、アイデアが湯水のように浮かびながらも「全く手が追い付かなくて。今までやってきたことが役に立たないと落ち込んだ時期もありました」。必死で技術の練磨に励んでいた浩平さんですが、ある時、学生時代に学んだ金属と土の共通点に気付きます。「例えば変形の仕方にしても、塊から削り出すか、叩いて変形させるか、溶かして型に流すか。違いは素材が固いか柔らかいかだけなんですよね。そこに気付いた時は壁が取り払われた気がして、土を柔らかい金属として捉えるようになったんです」。それからは土に触るのがとても楽しくなったという浩平さん。瑞々しい感性を活かし、伝統を重んじながらも現代的でオリジナリティに富んだ作品を次々と発表。西部伝統工芸展やくらしの工芸展などでの入選・受賞、熊本の若き匠として「Lexus New Takumi Project2016熊本県の匠」に選出されるなど、目覚ましい活躍に注目が高まっています。
現在、浩平さんが力を入れて取り組んでいるのが、階調の異なるグレーを幾重にも埋め込んでグラデーションを表現する新技法「朧(おぼろ)象嵌」です。八代焼で使用する陶土は、地元日奈久の山で採掘する赤土と白土。この2種類の土をブレンドすることで、青磁と呼ばれる八代焼独特のグレーが誕生します。「これまでは、グレー=素地の色。いかにベースとなるグレーを美しく出すかということに注力していました。しかし、既存の概念を取り払い、土の配合をコントロールして様々なグレーを作れば象嵌に活かせるんじゃないかと考えたんです」。ほのかに変化していく色の重なりから生まれる繊細な文様はとても幻想的で、吸い込まれるような奥行きが感じられます。浩平さんは「時間の経過や淡い光の変化、波が寄せては返す時の残像や残響のような…一言で言うと“現象”のようなものを表現できれば」と話します。配合を変えた土はそれぞれ性質が異なるためとてもデリケートで、割れやゆがみなどの失敗も多いのだとか。試行錯誤を繰り返しながら、土との対話は続きます。
新しいチャンレンジと同時に、13代続く八代焼の技術を後世に伝え継ぐ役割も担う浩平さん。「全て藩に納めなければならなかった御用窯時代の作品は手元にはひとつも残っていませんが、有難いことに美術館や博物館に行けば先祖の作品を見ることができます。当時は形、文様、数、納期に至るまで書き記された藩の指図書があり、自由なデザインはできませんでした。それでも『この人は象嵌が上手だな』とか、それぞれに特徴があって、見ていてとても勉強になる。決まりごとが多い中でも自分の個性をきちんと残しているんです。そんな代ごとの個性や焼きものから感じるメッセージみたいなものを自分も未来に残せるだろうか?と言う思いは日増しに強くなっています」。また、「窯の伝統は、使う人の評価があってこそ。長く大切に受け継がれ、淘汰されてきたものを人は伝統と呼ぶのだと思います。僕も、手にしてくれる方の好奇心を掻きたて、長く楽しんでもらえるような作品作りができたら本望ですね」。
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