「人にも環境にも優しい」をモットーに 植物の持つ美や力を精一杯引き出す
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夏になると食べたくなる、そうめん。夏バテ気味でも、そうめんなら食べられる、という方は多いのでは? 庶民的な食べ物のイメージがありますが、かつてはお祝いの席やお客をもてなすときに振舞われていた高級品です。現在も、お中元などの贈り物として選ばれています。
熊本県では南関町が一大産地。南関そうめんは、300年以上、機械を一切使用しない手延べ製法で作られています。茹でても伸びにくい強いコシと歯ざわりが特徴。現在も伝統の製法と味を守り続けている製麺所が町内に10軒あります。
その中から猿渡製麺所の金坂俊祐(かなさか しゅんすけ)さん(37)にお話を伺いました。
猿渡製麺所は明治時代から続く老舗の製麺所。金坂さんは、2020年に亡くなられた9代目の井形朝香さんから技を学んで、のれんを分けてもらい、猿渡製麺所下坂下(しもさかした)店を営んでいます。
金坂さんが南関そうめん作りを始めたのは2014年ごろ。「祖父の初盆の際、南関そうめんを頂きました。市販のそうめんとは違う、小麦粉と油の独特な風味と、細くて強いコシに魅了され、どんな風に作っているのか興味がわきました」と金坂さん。その後、当時働いていた蕎麦屋を辞め、猿渡製麺所の門を叩きました。そして井形さんの下、伝統の技を身につけていきました。
南関そうめんは、小麦粉と水と塩を練って作られます。猿渡製麺所では、ここに隠し味として卵がプラスされます。「師匠曰く、卵が入っている南関そうめんはうちだけ。食品アレルギーの観点から、もう1軒の猿渡製麺所では入れるのを止めていますが、うちでは師匠から受け継いだ秘伝の味を守り続けています」と金坂さんは誇らしげに語ります。
南関そうめん作りは、2日間にわたって行われます。生地を練っては寝かし、延ばしては寝かしの繰り返し。全工程が手作業なので、非常に根気のいる製法です。
~1日目~
①材料を練ってだんごを作り、2時間寝かせる。
②生地が直径50cm、厚さ2cmほどになるまで、麺棒で丸く平らに延ばす。
③小刀でらせんを描くように生地を切る。このとき、生地は2cm幅にする。
④1本になった生地を1cmの厚さになるように延ばし、2時間寝かせる。
⑤さらに0.5cmの厚さになるように延ばし、一晩寝かせる。
~2日目~
① 一晩寝かした生地を延ばしながら、8の字になるように竹の棒に掛ける。掛け終わったら2時間寝かせる。
②竹の棒を引っ張って、生地を延ばし、2時間寝かせる。
③②を繰り返し、干して乾燥させる。
南関そうめんには、「曲げそうめん」と「白髪そうめん」の2種類があります。一般に南関そうめんと言えば、曲げそうめんを指します。曲げそうめんは、3mほどに延ばしたそうめんが竹に掛かった端の、節(ふし)と呼ばれるところを切り落とし、そのまま束ねたもの。一方で白髪そうめんは、長さ4m、直径0.1~0.5mmほどの極細麺(針穴にも通るほどの細さ!)になるまで延ばし、長さを切り揃え、細いものだけを選別して束ねたものです。曲げそうめんは1年ほどで習得できるのに対し、より細い白髪そうめんは習得するのに5年もかかり、熟練の技が必要。現在、白髪そうめんを作っているのは、猿渡製麺所だけです。
茹でても伸びにくく、スルスルッと口に入る南関そうめん。シコシコとした食感は、手延べならでは。この食感が病みつきになり、箸が止まらなくなるほどです。せっかくなら、よりおいしく食べたいもの。「おいしく食べるコツは、たっぷりのお湯で茹でることと、茹でた後にしっかり水でもみ洗いすることです。お湯が少ないと、麺同士がくっついてしまいます。もみ洗いは、麺についている油を落とす作業なので、流水でゴシゴシもんでください」と金坂さん。曲げそうめんは、そのまま茹でると立ち上がってすすらないといけないほど長いので、麺を手で折って茹でるのがポイント。そして、やりがちな落とし穴が、食卓で、水の中にそうめんを入れること。「風味が逃げるのでおすすめしません」と金坂さん。流水でもみ洗いした後に冷たい水で締め、水気を切り、ざるや皿に盛りつけをします。「本当は水が冷たい冬がおすすめですが、夏に食べるときは氷水で締めてください。」
また、よりおいしく食べたいなら、製造後2年間置いておくという方法も。2年熟成させると、余分な油だけが落ちて、出来立てよりもおいしくなるそうです。「長く置くほどおいしくなるわけではありません。以前、師匠に10年物のそうめんを食べさせてもらったことがありますが、油も風味も落ちて、おいしいものではありませんでした」と金坂さんは苦笑い。
コシやのど越しを楽しみつつ、手仕事の技も感じながら、南関そうめんを味わってみてはいかがでしょうか?
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