見る人に“涼”を感じさせるガラスは、夏場に大活躍するのはもちろん、四季を通じて暮らしの中に爽やかな彩りを添えてくれます。例えば和食器が並ぶ食卓。グラスやサラダの皿に少しガラスのうつわをプラスすると、テーブルがぐっと華やいで見えることはありませんか。例えばその日のファッションの仕上げに色ガラスのアクセサリーを選ぶ。お洒落心が一層高まります。ガラスは時に、日常の様々なシーンでわたしたちの目を楽しませ、心に潤いをもたらしてくれる存在のように思えるのです。残暑厳しい8月の終わり、そんなときめくガラス作品を熊本で作り続けている吹きガラス作家・島田真平さんの工房を訪ねました。

Vol.30
アートピースのようなうつわで日常にときめきを
島田真平さんが作るオンリーワンのガラスたち
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島田真平さん

1975年、熊本市生まれ。熊本県立大津高校美術コースを卒業後、琉球ガラス作家・佐久間正二氏のもとでガラス制作を始める。1998年に富山ガラス研究所に入学。ブライアン・パイク氏に師事。2000年より東京のMC GLASS LABや長崎の雲仙ビードロ美術館に勤務したのち、2007年に帰熊。島田美術館のガラス研究棟にて制作を開始する。2014年、現在の工房「SHIMADA SHINPEI GLASS WORKS」で制作をスタート。受賞歴は、2013年第32回暮らしの工芸展グランプリ熊日賞受賞など多数。

卓越したデザイン性と機能性

色鮮やかで独創的。島田さんのガラス作品を目にした人の多くは、きっとそんな印象を持つのではないでしょうか。くっきりとパワフルな色合いの赤や青、とろけるようなミルキーカラー。部屋の一角に置いているだけでインテリアのアクセントになる。その高いデザイン性は、多くのうつわ好きの心を捕らえて離しません。
さらに特筆すべきはその使い勝手の良さ。島田さんは、高温で溶かしたガラスを金属の竿に巻き取って反対側から息を吹き込み成型する「吹きガラス」という技法で作品を作ります。紀元前1世紀ごろに発明され広まったという古い技法ですが、吹きガラスならではの丸みとそこから生まれる柔らかな口当たりは、毎日でも使いたくなる魅力に溢れています。

食卓にあるだけで楽しくなってしまうカラフルなグラス
ガラスの原料となるペレット。主成分は珪砂(けいさ)とソーダ灰。いろいろ試した結果、透明感の発色具合などが気に入ってスウェーデン製に行き着いたそう

伝統的な技法に自分らしさをプラス

島田さんのガラス工房は道路側に面した一面が大きく開け放たれていており、とてもオープンな雰囲気です。「熱がこもらないよう、こっち側はほぼ一年中開けっ放しなんです」。とはいうのもの、3つ並んだ窯炉から放たれる熱は容赦なく、立っているだけで汗が吹き出てきます。「夏場の作業は午前中のみと決めているんです」と島田さんが言うのもうなずけます。
この日作っていただいたのは「流れ」という名のプレート。日本古来の芸術流派・琳派の流水紋にヒントを得たデザインで、10年以上作り続けている定番シリーズです。

白と緑の棒状のガラス(ケイン)をオプティックモールドという鋳型にはめ込みます。これが波模様に変化していく様は圧巻!

柔らかく溶けたガラスの塊にケインという棒状のガラスを定着させ、1110度の窯の中へ。窯から出したら作業台へと移動し、火バサミに似たジャックという道具で挟んでくるくると回します。すると真っ直ぐだったケインのラインがくにゃりと曲がり、表情は一気に変化。これらの動作を何度も繰り返すうちに、美しい波模様が浮かび上がってきました。
島田さんは、伝統的な吹きガラスの技法に異なる技法を組み合わせるミクストメディアの作品づくりに取り組んでいます。
「ステンドグラスとか、アクセサリー加工のバーナーワークとかで覚えたテクニックを吹きガラスに応用してみるんです。なんせ、吹きガラスはみんな同じ作り方ですから。そんな中でいかにオリジナリティを出すかということは常に考えていますね」。

酸素バーナーとジャックを動かしていくと、みるみるうちに真っ直ぐな線が波形を描き始めました

イリュージョンを感じさせる作品をつくりたい

実家の生業が美術館という環境から、古美術や新旧のアートに囲まれて育ったという島田さん。高校の美術コースを卒業後、琉球ガラス作家の佐久間正二氏のもとでガラスの世界に飛び込みました。ガラスに進もうと決めたきっかけは、「実家のギャラリーで絵描きや陶芸家はたくさん見たけどガラス作家は少なかったから。目立てば食えるんじゃないかと思ったんです(笑)」。分業制である吹きガラスの現場を2年経験するうちに「すべてひとりで作品を作ってみたい」という欲求が芽生え、富山ガラス造形研究所に入学。ここで、大型の作品制作や芸術としての作品“アートピース”についての学びを深めます。「使わないものを作るということは、自由な表現ができるということ。これはすごい刺激になりました」。
暮らしの道具としての琉球ガラスと、芸術としてのガラス。この2つの経験が「使えるアートピース」という、島田さんの現在の作風の礎となりました。

左側から手を支えるのは10年以上にわたってアシスタントを務める中田智己(ちこ)さんです。わずかな会話のみの阿吽の呼吸で、淡々と作業は進みます

幼い頃から受け継いできた美意識と瑞々しい感性が融合した島田さんのガラス作品は、国内外の展示会でも多くのファンを獲得しています。食器や照明、アクセサリー、オブジェなど多岐にわたる作品を手がけますが、「僕の基本はグラス」と断言します。理由は、日常的に誰もが一番使うものだから。作品を考えるとき、島田さんの目線の先に存在するのは使う人の暮らしです。新作の「満ち欠けコスモ」というグラスは、一杯に缶ビール半量が入る大きさに仕上げました。「飲みすぎないように、2人で缶一本を分け合って飲めるグラスにしたんです。僕もそうやって妻と飲んでるんですよ」と、にっこり。
また、「作品作りにおいて大切にしているのはイリュージョン性」とも話します。例えばグラス作品の中でも人気の高い「リフレクター」は、名前が示す通り、液体を注ぐことによって底面の色がグラス内に反射し、思いがけない効果を生み出します。「ガラスには色や影を増幅させる増幅装置という特性があります。ここは結構大事にしている要素。驚きがないと誰も手にとってくれないでしょう?」。

新作の「満ち欠けコスモ」
使い込まれた道具たち。一瞬たりともガラスから目を離せないので、手を伸ばすだけでその時必要な道具が使えるよう、置き方も置き場所も決められています
リムを広げて皿状に形作ります

ガラスは面倒くさい存在

順風満帆に見える作家生活ですが、「ガラスって報われる時が少ないんですよね」とポツリ。窯炉の火は一年中24時間絶やせないので燃費がかかり、外出している間も気が休まることがないのだとか。腱鞘炎にも悩まされ、「いつ辞めようか」と思うことも度々だといいます。「生活の全てをガラスに縛られるわりに、心から満足のいく作品ができることはなかなかない。一生付き合える仕事じゃないな、という思いはあります」。最後の最後にたった1滴の汗で作品が台無しになってしまうことも。削るのも大変、磨くのも大変。それでも続けているのは「多分、面倒くさいところがいいのかな」。インタビュー中「難しくなかったら面白くないんです」と語っていた島田さん。自らを「わさもん(熊本弁で“新しいもの好き”)」と呼び、新しい素材も躊躇なく試し、失敗したら次へと向かう。そんな気概が、島田さんをガラスの世界に駆り立てているのかもしれません。

これから作りたい作品は?と尋ねると、「吹きガラスの特徴は柔らかさ。でも自分のスタイルとしては、あえてそれに逆らって、柔らかさを抑えたエッジのきいたデザインを考えてみたいと思っています。あと、制作中には実際に手で触ることはできないけど、人の手の跡を感じられるようなフレキシブルな作品にもトライしていきたい。もちろんそこに無理がありすぎるとものにならないので、うまくバランスを取らないといけないんですけどね」。 日常の道具としての安定感の中に、驚きと新しい息吹が絶妙にミックスされた島田真平のガラスの世界。今後の展開がますます楽しみです。

リフレクターと名付けられたフリーグラス。水を入れることによって底の板ガラスが反射し、グラスの内側いっぱいに色が広がるしかけ。色のパターンはできるだけ同じものは作らず、選ぶ楽しみを感じてもらうようにしているそうです
ガラスの竜。島田さんとも縁が深い沖縄で2019年10月に起こった首里城焼失のニュースを受け、現地を思いながら作った祈りの作品です
■吹きガラス作家島田真平のガラス工房 SHIMADA SHINPEI GLASS WORKS
所在地:熊本市中央区段山本町3-13
問合せ:096-245-8007

ホームページ:http://shimadashinpeiglassworks.net/(別窓リンク)

■Writer profile
上原 直美
フリーライター。地元タウン誌編集を経てフリーランスに。食、福祉医療、旅、インタビューなどジャンルを問わず活動中。
■Photo
ミニマムブロックス 下曽山 弓子

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