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菊池川流域の文化にふれるさん

くまもと手しごと研究所でご紹介している季節の節目をあらわす24節気やこよみ、地域に伝わる伝統芸能、祭事、風習などは、日本の暮らしに深く、深く関わりをもっているものです。古から日本の暮らしを形成するうえで欠かすことができない農業は、特に土地との結びつきが強く、その土地ならではの文化、人、暮らしである“土地柄”を表すひとつの要素でもあります。菊池川流域は、その地の利を活かして古代から水稲農業が盛んな地域であり、土地に刻まれた2000年にも及ぶ米づくりの記憶と、地域の芸能、食文化の継承に見られる有形・無形の財産を持つことから、日本遺産に登録されています。今回の特集は、菊池川流域の山鹿市鹿本町来民にある私設博物館「来民文庫」の館長である吉岡威夫さんを訪ね、この地域にまつわることを伺ってきました。

Vol.27

農業、養蚕業に見る地域の姿。

菊池川流域の文化にふれる
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[来民文庫 館長・吉岡威夫さん]

所蔵図書は25万冊。日本だけでなく朝鮮半島、中国、ブータン、ネパールなどの民具や農具、そして藍染絣と仕事着など、寄贈や個人で収集してきたものを展示する私設博物館「来民文庫」。ここは、館長である吉岡威夫さんの家屋敷を活用したもので、主屋、2つの蔵、阿弥陀堂、薬医門、塀は国登録有形文化財に指定されています。入場料は大人500円で、山鹿の岳間茶やお菓子とともに、吉岡さんの地域にまつわる話を聞くことができます。小中高校生は入場無料です。

吹きすさぶ冷たい風に身を縮めるような寒空の中にも、時折春を予感させるような暖かな日差しが顔をのぞかせる2月のある日に、「来民文庫」を訪れました。「来民文庫」の看板が掲げられた薬医門をくぐり、その先に現れたのは明治13年に建てられたという吉岡家の主屋。どちらも国登録の有形文化財であり、歴史を経てきた重厚な佇まいとともに、今も人の暮らしが息づいている空気を纏っているのがとても印象的です。玄関を入ると、天井の高い、20畳あまりの広い土間があり、この家の主であり、館長である吉岡さんが迎え入れてくれました。

国登録の有形文化財に指定されている「来民文庫」

養蚕業が盛んであった菊池川流域の
生きた資料の数々。

菊池川流域にある山鹿周辺は、明治期から西日本でも有数の養蚕業が盛んな地域でもありました。私設博物館である「来民文庫」の吉岡家も、明治期から稲作と兼業で養蚕を営む兼業農家でした。明治13年に建てられたという主屋は、養蚕のために天井が高く、座敷、表ノ間、居間と3間が連なる部屋の畳の下には石の火鉢が備えられています。これは、米の収穫を終えた秋の時期に蚕を育てる“秋蚕”を行う農家の典型的なつくりで、火鉢によって室温を温かく保ち、飼育日数を短縮することで生産量を伸ばす「火力飼育法」という飼育法を採られていました。現在は展示室として吉岡さんが全国、全世界から収集した農具や民具であふれていますが、その展示物に思いを馳せながらも、建物の設えや天井や柱に積み重ねられた年月に触れることができ、建物自体が貴重な資料となっています。

養蚕業を営んでいた兼業農家らしく、梁が太く、天井が高い。畳の下には石の火鉢があり、これで室内の温度を調整していたという

主屋では、養蚕が行われていた頃のことを吉岡さんがざっくりばらんに、その土地の言葉も交えながら語ってくれます。熊本県出身で最初の総理大臣をはじめ、農業、経済界などに多大な影響を遺した偉人を多く輩出している地域ならではのエピソードは、とても興味深いものがあります。吉岡さんが個人で収集した衣料、民具、農具、図書など、数多くの展示物があり、その数の多さに驚かされますが、地域に対する愛着、愛情、そしてこの地域を築いてきた先人たちへの畏敬の念にあふれた吉岡さんの記憶こそが、まさに無形の宝の山です。美しい緑と香りが豊かな岳間茶と、地域のお店でつくられたというお菓子をいただいた後には、主屋のなかを一通り案内いただきました。

展示物の説明とともに語られる、吉岡さんによるこの地域の話がおもしろい

古代からの農業の記憶を受け継ぐ
農法や農具。

主屋の外に出ると、漁具と思われるカゴ。庭にある倉庫には、鋤や鍬などの農具。無造作に置かれているようにも見えますが、しっかりとカテゴリー毎にわけられ、「これは土壌が浅い天草の農家で使われていた天草鍬、これは水気が多い田んぼを耕す木鍬」と、そのひとつひとつの道具について吉岡さんが説明をしてくれます。また、「来民文庫」は愛染絣の収集でも全国に知られ、農民の野良着や仕事着、普段着など、古着商の倉庫に通い、長い時間をかけて集められたものが蔵いっぱいに展示されています。ちなみに、絣を集めた蔵は菊池市の旧家から譲り受け、移築したものであるといいます。

蔵の中、外にところせましと展示されている収蔵品。とても貴重なものもあるのだろうが、そこで今でも“使われている”ようにも感じるような展示方法

古道具、という観点で展示物を見てまわると、どうしても“昔使われていた古いもの”というイメージで見てしまいますが、古代から農業が盛んであった菊池川流域は、明治時代の農業の最先端であった農法が開発されていた地域でもありました。そのひとつが、冨田甚平氏の暗渠排水(あんきょはいすい)による乾田化です。これは、じゅったんぼ(いわゆる水気の多い田んぼのこと)で麦を育てる二毛作を進めるために乾田化する排水技術で、当時としてはいわゆる革新的な技術だったようです。そして、この乾田化に伴って普及したのが、大津末次郎氏が開発した「マルコ犂(すき)」でした。冨田甚平氏の教えを受け、明治35年に考案したというこの道具は、県内はもちろん、九州内や遠くは新潟あたりまで売りに出されたといいます。「来民文庫」にも、大津末次郎氏が開発したマルコ犂が展示されており、実際に触れて見ることができます。

水気の多い田んぼを深く耕すことができる画期的な道具だったという、大津末次郎氏の開発した「マルコ犂」

吉岡さんのもとに寄贈されてきた書籍をはじめ、約25万冊の図書資料は日本文学、世界文学、現代作家など。白壁土蔵づくりの「明治蔵」には、天井まで届く書架にぎっしりと作品が並んでいます。ジャンルごとに区分けされており、少しひんやりとする蔵の中で読書を楽しむこともできそうです。また、江戸時代の古蔵「江戸蔵」には雑誌類が積まれています。

県境の山間部にある
江戸時代から続くお茶の生産地、岳間。

肥後細川藩の御前茶として献上されていたという歴史が残る、岳間茶。熊本県と福岡県の県境の山間部にあり、傾斜面に茶園と水田がある中山間地帯の典型的な農業が受け継がれている地域で生産されています。「案内したいところがある」と吉岡さんが先導して連れていってくれたのは、「来民文庫」でも提供されている岳間茶の生産地でした。深蒸し製法でつくられている岳間茶は、香りが高く、美しい濃い緑色の水色が特徴。旨みと甘みがまろやかで、まるでお出汁を飲んでいるような感覚を味わえます。訪れたのは、(有)岳間製茶の茶園。傾斜面に広がる茶園は、道を切り拓き、少しずつ開拓してきたといいます。一番標高の高い茶園から岳間の集落を見下ろすと、すり鉢状の地形がよくわかります。収穫の最盛期にもなると一日10トンもの新鮮な茶葉を新鮮なうちに加工するため、工場は24時間体制で動いているとか。菊池川流域をめぐる散策は、まさに土地に合った農業のあり方を体感するひとときでした。

ご案内いただいた岳間製茶の会長、中満房夫さん
美しい緑の水色が特徴の岳間茶。いくつもの工程を経てこの水色を実現しているという
■来民文庫
所在地:熊本県山鹿市鹿本町来民2034(鹿本農業高校正門前)
問合せ:tel/fax 0968-46-2659
料 金:大人500円 ※高校生以下は無料
OPEN 10:00~17:00
※新型コロナ肺炎感染防止のため、5月GWまで休館します。
※本の貸し出しのみ行います。備え付けの貸し出しノートに必要事項を記載して本を借りてください。
※見学希望の方は必ず電話で予約してください
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