
その他の「こよみのお話」へのナビゲーションエリア 飛ばしてページ内容へ
Vol.32井上 泰秋 さん
Vol.31宇土秀一郎 さん
Vol.30島田真平 さん
Vol.29ヤマチクの“持続可能な”竹の箸 さん
Vol.28美里町のぶらり歩き
Vol.27菊池川流域の文化にふれる
Vol.26熊本の城下町の防御網
Vol.25阿蘇市の農耕行事 御前迎えの儀
Vol.24神々の自然と祭事 阿蘇森羅万象と阿蘇神社
Vol.23芦北町田浦の郷土芸能 宮の後臼太鼓踊り
Vol.22荒尾市野原八幡宮 野原八幡宮風流
Vol.21天草市一町田八幡宮虫追い祭り
Vol.20国選択無形民俗文化財
八代市坂本町木々子地区
の七夕綱
Vol.19西橋銑一さん 淸美さん 後藤幸代 さん
Vol.18尾崎 吉秀 さん
Vol.17村上 健さん 井上昭光 さん
Vol.16盛髙経博さん 盛髙明子 さん
Vol.15古島 隆さん 古島隆一 さん
Vol.14松村勝子さん 倉橋恭加 さん
Vol.13川嶋富登喜さん 川田 富博 さん
Vol.12寺本美香 さん
Vol.11細川亜衣 さん
Vol.10坂元光香 さん
Vol.9上野友子 さん
Vol.8國武裕子 さん
Vol.7山村唯夫 さん
Vol.6水戸岡鋭治 さん
Vol.5茨木國夫 さん
Vol.4狩野琇鵬 さん
Vol.3小野泰輔 さん
Vol.2土山憲幸 さん
Vol.1小山薫堂 さん
自然とともに生きるということは、自然と折り合うこと。冬は寒いのはあたりまえ、寒ければ服を着ればいい。夏の日差しが強ければ、ひさしの陰で暑さをしのげばいい。そうやって自然とともに生きてきた私たちの暮らしのなかには、自然と折り合うためのさまざまな知恵があり、自然の脅威を後世に伝えるためのことわざや、昔話の物語があります。自然とともに生きることで、その土地独自の数多くある豊かな文化を、便利さや快適さを追い求めるあまりに、知らず知らずに手放し、無くしてしまったのか、時に気づくこともあります。ただ無くしてしまったものを懐古的に振り返るのではなく、今、目の前にある自然や、そこで暮らしている人たちの暮らしぶりに触れることで、新たな発見につながることもあります。そんな機会を“歩く”ことで発見や感動につなげるフットパスの取組みを行っている、いわゆる散歩の達人である「フットパス研究所」の代表、井澤るり子さんを訪ねました。
フットパス研究所代表・井澤るり子さん
フットパス研究所は、ちょっと立ち寄ってみたい風景や町並みを“歩く”ことで体感し、その地域の、広くは日本の素晴らしさを再発見する活動を広めています。地域の良さを再発見し、歩く人たちと地域の人たちを結びつけ、地域の元気づくりにもつなげたい、と平成28年に設立されました。代表である井澤さんは、研究所設立以前から熊本県下益城郡美里町で地域づくりのひとつとしてフットパスを取り入れ、活動をしてきました。その実績から、今では全国を飛び回り、フットパスの普及、研究、開発に取り組んでいます。
例えば、たんぽぽの花が咲いている。その花を見て、ふだんは「たんぽぽが咲いているね」と、ただ通りすぎていくかもしれません。急いで歩いていれば、その花が咲いていることさえ気づかないこともあります。まわりを見ながら、ゆっくり、その土地に“あるもの”に注目しながら歩くと、たんぽぽひとつにも、「なぜこの形状をしているのか」、「どうして小さい花を咲かせるのか」と、小さな“なぜ”がふつふつとわき起こってきます。その小さな発見こそが、フットパスの醍醐味だと井澤さんはいいます。その小さな“なぜ”にも、井澤さんは素早く答えを出してくれ、しかもその語りは興味の世界をぐんぐん広げてくれます。今回の特集では、美里町にあるフットパスコースを井澤さんといっしょに歩いてみました。
「たんぽぽの葉は、地面を這いつくばっているような形をしているでしょ。あれはロゼット状といって、花を咲かせる前の冬の間、太陽の光をしっかりと受けるための形」と、フットパスコースに入る前に、前述のたんぽぽに対する“なぜ”に答えをくれた井澤さん。井澤さんがフットパスコースを案内している時、ふだんは気づかないことに対して、疑問をぶつけてくる人が多いといいます。それだけ、いつもなにげなく歩いている時は、足元や、まわりの風景に心を寄せる機会が少なくなっているのでしょう。井澤さんが推奨している歩き方は、よりみち、道草をしながらのんびりと。地域の人に出くわしたら、ちょっと声をかけてみて、話をしてみる。そうすることで、その土地を知る手掛かりを得るだけでなく、ふだんは見逃しているような小さな発見と感動に出合うことができます。
今回のお散歩のテーマは、春の山菜を見つけること。歩く山野草図鑑の井澤さんと一緒だと、歩みを進めるごとに「あ、あそこに○○○が!」、「その近くには、ほら○○が」と見逃すことがありません。訪れたのは、2月の中旬頃。春の山菜にはちょっと早い時期かと思ってはいましたが、あります、あります。のびるに、よめな、すいば、ふきのとうと、食べられる山野草のオンパレード! 「嫁の菜と書く「よめな」は、くせがなく、採ったらすぐ調理ができる便利な山菜。だから、嫁が喜ぶということで、よめな。「すいば」は、生でも食べられる酸味があっておいしい日本のハーブ。すっぱいから、すいば」と、山菜を摘みながらその名の由来を教えてもらい、パクッと味見。そうすると、歩く時に「何かあるんじゃないか」と足元や、まわりをキョロキョロと探すように。「よりみち、道草の醍醐味は発見。どうせ歩くなら、よりみち、道草しながら歩かないともったいない!」と、お散歩前のオリエンテーションでの井澤さんの言葉の意味が、実体験として身にしみました。
コースの名前にもある「堅志田城跡」は、阿蘇氏の中世の山城で、その戦略の重要な拠点であったといいます。薩摩の島津氏が肥後国に侵攻した際、阿蘇領の最前線として攻防の舞台となりました。「なかなか攻めることが難しい城だったようで、その時に島津氏がある集落のおばあちゃんを刀で脅して裏道を案内させたという逸話が残っています。それで城が落ちたという話なので、後々にその集落の人たちは神社の祭事に呼ばれないなど近年まであったようです。この近所のおばあちゃんと立ち話していた時に“そういえば、小さい頃に年寄りたちが言っていた”と記憶していたんです。まだそういった生き証人がいるし、そんな人に出会って直接話が聞けるのがおもしろいんです」と、地域を歩き、立ち話から歴史や文化の話がピタッと符号することがあるといいます。今回のコースは、栫(かこい)という集落を歩きましたが、この集落は、山城跡をぐるりと囲っている独特な地形をしています。地名ひとつとっても、その土地の歴史を刻んでいることが想像力をかきたてます。
コースの最後にたどり着いたのは、風呂橋と呼ばれる水路眼鏡橋。美里町には数多くの石橋が残っていますが、江戸期に架けられた水路眼鏡橋はとても珍しいそうです。この眼鏡橋は今も現役で働いていて、農閑期にため池に水を運ぶ役割を果たしています。水路といえば、田んぼや畑に水を送るためのものですが、この水路に水が流れているのは冬場のみ。この日はちょろちょろとではありましたが、水が流れているレアな光景を目にすることができました。200年もの歴史を持ち、歴史的にも学術的にも貴重な石橋が、現役で地域の農業に貢献している様子を見ていると、使い続けているからこそ守られていくものがあるということがわかります。大事なものだから使わずに飾っておく、保存していくという発想ではなく、地域のために必要なものだからこそ、大事に使って、後世に受け継いでいくという感謝の表し方が、とても素敵に感じられました。
集落を歩くフットパスのほか、山菜料理教室やマーマレードづくりなどのイベントも開催しているそうなので、詳細はfacebookのページでご確認ください。
https://www.facebook.com/misatofp/(別窓リンク)