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ヤマチクの“持続可能な”竹の箸さん

箸は日本人と深く結びつきのある道具です。お食い初めには白木の箸、長寿の祝いには延命箸を。日本人の誕生からこの世を去るまでの節目に深く関わり、“生命の杖”と称されるほど。国内最古の箸とされているのは7世紀の遺跡から出土した祭事用の檜箸で、古事記や日本書紀に箸に関する記述が見られることからも、古来から密接な関係であったようです。SDGsの視点が世界的に広がるとともにサスティナブルなものづくりの重要性が叫ばれる今、40年以上前から身近な竹で箸を作り続けてきた「ヤマチク」の姿勢が注目を集めています。

Vol.29

南関の町工場が極めた用の美

ヤマチクの“持続可能な”竹の箸
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1963年、福岡県福岡市で「山崎竹材工業所」として創業。竹の建築資材を製造し、需要拡大にともない玉名郡南関町に第2工場を建設するも、売り上げの9割を占めていた取引先が倒産。1977年、南関町に本社を移転し、業務を箸の製造に一本化する。1991年頃から発注先のブランドを冠して販売する生産形態「OEM」の受注が増え、2017年には年間生産数量が500万膳を突破。2020年には自社ブランド商品「okaeri」が、優れたパッケージデザインをたたえる「トップアワードアジア」を受賞。
右が社長の二代目・山崎清登さん、左が専務で三代目・山崎彰悟さん。

使い勝手のよさから食卓のレギュラーメンバーに

“いい意味”で、存在感がない。とある竹箸を初めて使った時の感想です。
箸先が唇に当たりづらく、触れたとしても感触がなめらかなので心地よい。ものをしっかりとつかむことができ、まるで指先の延長のような感覚です。主張しすぎないシンプルなデザインは食卓になじみやすく、ずっとそこにあったかのような佇まい。使い勝手のよい道具は自ずと手にする頻度が上がるもの。たちまち食卓のレギュラーメンバーとなりました。
さて、この竹箸、どこのどなたが作ったものでしょう。京都の名工? それとも著名なデザイナーによる作品でしょうか。答えはどちらも「いいえ」。玉名郡南関町にある従業員数27名の小さな町工場「ヤマチク」で作られているのです。

米粒も豆もつかみやすく、食卓で転がりにくい「ヤマチク」の箸。使い始めてから食事中のちょっとしたストレスが激減しました。

口に入れたときにはっきりと分かる使い心地のよさ

「ヤマチク」の本社工場は福岡県大牟田市との県境近くにあります。
南関町は山々に囲まれた自然豊かなまち。竹林も多く残っています。「ヤマチク」が竹箸を作り始めたのは今から40年ほど前のこと。当時の売り上げの主力は竹の建築資材でしたが、1977年に主要取引先が倒産してしまいます。そこで売り上げの1割ほどだった竹箸の製造に社運を賭け、第2工場のあった南関町に本社を移転。建材を製造していた時の経験や技術を生かした箸作りが徐々に認められ、大手量販店やセレクトショップとOEM契約を結び、2017年には年間生産量が500万膳を超えるほどまでに業績を上げてきました。まさに破竹の勢いで成長を続けている会社です。

南関町は名水の里として知られ、工場から1kmほどの場所には多くのホタルが生息する「ホタルの里公園」もあります。

「箸は使ってみればすぐに違いが分かります」と同社社長で二代目の山崎清登さん。清登さんの息子で三代目の彰悟さんは「目視では分からないほどの微妙な差異ではありますが、口に入れたときにはっきりと気づくはずです」とも。
長さや太さの良し悪しは使う人の手のサイズと好みで左右されるものの、口に運んだ時の感覚はみな同じ。心地よいか、そうでないか。「ヤマチク」の箸は丹念に削りを繰り返し、持った時に先端がぴっしりとそろうように作られているので、ものをつかんだ時にすべりにくく、唇に触れたときにも異物感がありません。

三代目の彰悟さん。“箸おじさん”としてSNSを活用した情報発信にも力を入れる若き経営者です。

苦難の時代を乗り越えて、竹箸にこだわり続ける

そもそも、竹の箸のメリットはどんなところにあるのでしょうか。
三代目・彰悟さんは「まず、木に比べて軽く、しなやかなところ」と挙げます。曲げに強いので折れにくく、肌が美しいため素材の持ち味を生かした引き算のデザインができる点も魅力です。一方で、節間の長さや厚み、曲がり方など個体差が大きく、空洞もあるため加工が難しいというデメリットがあります。
「実は、熊本県は約30年前までは全国有数の竹の割り箸の産地でした」と彰悟さんは言葉を続けます。安価なプラスチック箸が台頭した影響もあり、県内に20社以上あった竹箸の製造会社は今ではほとんどが姿を消しています。それでも「ヤマチク」が竹箸の製造を続けてきた理由は「これしかできないから」ときっぱり。「でも、竹の箸にこだわり続けてきたからこそ今の『ヤマチク』があるのかもしれません」。

国産の竹で自社一貫生産を行う会社は、今やごくわずか。全国的にも希少なものづくりのメーカーが県内にあるのは誇らしいことです。

「ヤマチク」では原料を南関町と玉名郡和水町、菊池郡菊池市、福岡県八女市の孟宗竹に限っています。その理由は輸送コストの観点はもちろんのこと、竹が極めて鮮度の落ちやすい素材であることが大きく影響しています。“消費期限”は伐採して1週間。時間が経つほどに酸化・乾燥し、加工しづらくなるため、工場周辺のエリアで伐採されたものだけを使っているのです。
山から下ろした竹は節に合わせて切り、適度な太さに割って表皮を削り、棒状にします。竹は約60%が水分でできておりカビやすいため、50~60度の熱風を当てては休ませる工程を1週間繰り返して水分量を10%まで落とします。その後、長さや形を整え、磨き、ウレタンや漆で塗装。1本ずつの検品を経て包装され、ようやく出荷されます。1本の箸が完成するまでに20~30の工程があるにもかかわらず、「ヤマチク」の箸の価格は一膳500~800円が主流です。
彰悟さんはその理由を「日々使う暮らしの道具なので適正価格を心がけています」と話します。

「ヤマチク」の工場内の様子。箸の加工には繊細さが要求され、中でも先端を削る作業には人の手が欠かせないのだとか。
左が加工前、右が面取り後の箸先。ほんの少し丸みを帯びるように先端を加工することで口当たりがぐっとやわらかくなります。

竹と向き合う親子が考える竹箸の“これから”とは?

二代目・清登さんと三代目・彰悟さんは、竹箸の“これから”を考え続けています。
竹を切り出す切子と呼ばれる業者の平均年齢は60代以上。竹山は重機を入れるのが難しい斜面が多く、切子は全長約18m、重さ60~70kgの竹を人力で運びます。重労働である上に儲けが少ないため、地元でも若い人には敬遠されがちな仕事です。
彰悟さんはこう考えています。「竹を切る人がいなければ、山は荒れてしまいます。『ヤマチク』が竹箸を作り続け、正しい価値を世の中に伝え、切子にも収入という形で還元する仕組みを作る。それはきっと、環境保全の面でも意味があることだと思っています」。
今でこそSDGsやサスティナブルといった言葉が広まっていますが、「ヤマチク」が持続可能な資源である竹でものづくりを始めたのは半世紀近く前のこと。「実直なものづくりを続けていたらSDGsという言葉が後からついてきたんです」と、彰悟さんはいたずらっぽく笑います。

新型コロナウイルス感染拡大の影響は「ヤマチク」にも。しかし、その間も竹の仕入れを続けていました。「切子の収入源を閉ざさないことが日本の竹箸を守ることになるはずだから」と彰悟さんは考えています。
商品開発には社員の意見が反映されることも多いそう。自社ブランド「okaeri」は優れたパッケージデザインを称える「トップアワードアジア」を受賞。

また、加工技術の向上や市場拡大に加えて、自社ブランドの竹箸を国内外のコンテストに応募するなどブランド構築にも力を注いでいます。清登さんは「“箸”という文字に竹かんむりがあるように、本来の箸の材料は竹でした」とぽつり。
日本には竹山がたくさんあるのに、国内製造の製品が中国やベトナムからの輸入木材などに頼っている不自然さ。「『ヤマチク』は竹の箸という文化を繋ぐ会社でありたいのです」。そう語る清登さんと彰悟さんの瞳は、竹箸を通した日本の未来をまっすぐに見つめていました。

【写真(左)】
二代目・清登さん(右)と三代目・彰悟さん。情熱を抱いて前進を続ける彰悟さんと、そんな息子の姿を半歩引いて見守る清登さんの姿が印象的でした。
【写真(右)】
株式会社 ヤマチク
■株式会社 ヤマチク
所在地:熊本県玉名郡南関町久重330
問い合わせ:0968-53-3004

ホームページ:https://www.hashi.co.jp(別窓リンク)

■[Writer profile]
三星 舞
編集者、ライター。雑誌「九州の食卓」副編集長を経てフリーランスに。FCAJ認定フードコーディネーターとしても活動中。
■[Photo]
Y/studio 山口亜希子
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