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小野泰輔おのたいすけ
1974年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。
外資系コンサルタント会社、衆院議員秘書等を経て、
2008年に熊本県政策調整参与、
2012年6月に熊本県副知事に就任。
好きなものはお酒、スポーツ、沖縄の三線演奏、ドライブなど幅広い。
※小野副知事:以下 小野、くまもと手しごと研究所:以下 事務局
県内各地の様々な行事に参加しているうちに、暦や地域の行事を大切にすることによって地域の元気が保たれ、地域に暮らす人の生き甲斐につながることがわかってきました。
- 事務局:
- 「手仕事ごよみ事業」に着手された背景について教えてください。
- 小野:
- 現在、私たちは、スーパーやコンビニなどで24時間365日同じもの(野菜・果物・魚・肉・花…)を購入することができます。それらを可能にしているのは、ナショナルブランドを持つ大手メーカーや、合理的な流通システムを持つ大企業です。反対に、資本力や流通力を持たずに地元で事業を行っている方々の多くは苦しい現状にあります。私たちが一見“便利”で、しかし季節感のない生活を送ることが、実は地域の人たちの疲弊につながっています。また、本来どの時期に旬を迎えるものだったかわからないものも多く、「季節感を楽しむ」という日常の豊かさを喪失しつつあると感じます。
熊本県内各地には、それぞれの地域の特性を生かした仕事をしている人が多く存在します。熊本県民が季節感や地域の豊かさを感じる生活を送ることが、大資本に負けない地域の粘り強さにつながります。今は包丁も100円ショップで安価なものを、百貨店では外国ブランドを買うことができますが、例えば熊本には「盛高刃物」(八代市)のように海外からも注文が絶えない素晴らしいブランドがあります。そしてこの店が続く限り、包丁やナイフを研いだり修理してもらいながら一生涯大切に使うことができます。私たちが地元の物を大事にすることで生活が豊かで楽しいものとなり、地元の物作りに携わる方々の仕事も成り立ちます。県民一人ひとりの意識が変わることが、熊本県全体の元気と豊かさにつながると確信しています。
- 事務局:
- 小野家でも以前から暦や季節感を大切にされているそうですね。
- 小野:
- もともと私の妻が5月の端午の節供には菖蒲湯、冬至の日は柚子湯に入り、「正月飾りを31日に飾るのは一夜飾りといって嫌われる」など、年中行事とそのいわれを非常に大切にしていました。実は、私自身はそういうことにあまり関心がなかったのですが、東京から熊本に移り住み、県内各地を回って様々な行事に参加しているうちに、暦や地域の行事を大切にすることによって地域の元気が保たれ、独自の取組みが地域に暮らす人々の生き甲斐につながっている様子を目の当たりにしました。例えば、その一つに、下益城郡美里町の勢井(ぜい)阿蘇神社で毎年4月第一土曜に五穀豊穣を願って行われている祭り「願成芝居(がんじょうしばい)」があります。毎年、地域の人が交代で神社の境内に竹と藁で組み、檜の葉で飾った桟敷席を作り、神事の後に芝居見物を楽しみます。この祭りは500年ほど続いているそうですが、これが技術の伝承、地域の人々の誇り、結束力につながっているのです。私も都合が合えば毎年行くようにしています。
3年前の夏、我が家に長男が生まれた時は、合志の染物屋さん「後藤染物店」に注文して5月の端午の節供の鯉のぼり、矢旗(武者絵幟)を作ってもらいました。熊本には鯉のぼりと共に家紋と名前を染めた“名前旗”を揚げるという独自の風習があります。季節毎の風習を大切にして楽しむことで、染物屋さんなどの暦に関わる地域の手仕事も継承されますし、春になり庭先に鯉のぼりが立つことで「ああ、この家には元気な男の子がいるんだな」ということが地域の方にわかります。現在、日本全国のどの都市に行っても同じような町並みが続いていますが、私たちが暦・季節感・風習を大切にすることによって、熊本県には独自の景観がよみがえってくると思います。
※下益城郡美里町で4月5日(土)に行われる「願成芝居」については、「くまもと手しごと研究所」のホームページ♯006でもご紹介しています。
今後のテーマは「交流」。地域に住む人と訪れる人の交流。そして飲食店、伝統工芸・風習に関わる仕事を生業にする方にも交流に加わっていただきたいです。
- 事務局:
- 私たち熊本県民が、もっと暦・季節感・地域の豊かさに親しみ、楽しめるようになるためにはどうしたらいいのでしょうか?
- 小野:
- 単純に、季節や暦を楽しむことだと思います。例えば、私自身の楽しみの一つに毎年3月に行われる「新酒まつり」があります。昔から引き継がれてきた熊本県内の各蔵元では、火入れも濾過もしない新鮮な酒を、春のこの季節だからこそ味わい楽しめる祭りを行っています。このように熊本の暦の中には様々な行事があり、そこには手仕事(伝統・技・文化・自然…)が密接に関わっています。暦を意識し、暦の中にある様々な行事を楽しみに日々を過ごし、熊本独自の良さに気づく県民が増えていくことが、熊本県の豊かさにつながるのだと思います。
春分の春彼岸にはお墓参りに出かけてぼたもちをいただき、端午の節供が近づくと鯉のぼりを揚げて菖蒲湯に入る…暦は毎年同じことの繰り返し(ルーティン)ですが、それは先人たちが今日まで積み上げてできた大切な生活の基本です。能を完成させたといわれる観阿弥・世阿弥によって 開かれた“守・破・離(しゅ・は・り)”は、師からの教えを忠実に真似て反復し基本を身に着ける「守」、その型を破って応用する「破」、そしてその型を離れる「離」の段階を踏んで独自の型を創造するといわれています。まず、現在の暦を楽しみながら実践することで「ルーティン」が生まれ、その先に熊本独自の新たな暦が生まれるのではないかと思っています。
- 事務局:
- 熊本県内でも、都市化が進んでいる熊本市と風習や行事が残る県内の地域では、暦や季節感のとらえ方や楽しみ方に温度差があるような気がします。
- 小野:
- 現在、「くまもと手しごと研究所」では約80名のキュレーターさんに地域の情報を発信していただいていますが、今後、そのように、自分の地域の情報を楽しんで発信したい、伝えたいという方々を発掘していくことも大事だと思います。例えば、先ほど例に挙げた下益城郡美里町の「願成芝居」を知ったのも、地元の井澤るり子さん(美里フットパス協会・運営委員長/「くまもと手しごと研究所」FB宇城エリア・キュレーター)に教えていただいたからなんです。井澤さんは地域外のいろいろな人と積極的に交流しながら、フットパス事業やその他のことを楽しめるからと「美里町にいらっしゃい」と多くの方に声をかけていらっしゃいます。このように地元の方が、自分たちしか知らない、季節感溢れる行事・手仕事・農作物などの豊かさや素晴らしさに着目し、それを他の地域の人たちに伝えていただく機会が増えることは非常に素晴らしいことだと思います。今後、地元の人しか知り得ない暦に関連する行事、観光資源、手仕事などを現地に出かけて体験するツアーなども積極的に行っていきたいですね。直接現地に出かけ、五感で感じることが何より大事なので、多くの県民が興味を持って各地で行われている行事などに接していただきたいと思います。地域外から来た人がそれを体験し感動したという声によって、地元の人が「自分たちの暮らしや年中行事は、そんなにすごいものだったのか…」と気づくことも大事だと思います。また、他の地域の人が、訪れた地域の暦を知り、楽しむことによって、普段の自分の生活スタイルの中に暦を意識して取り入れたり、その時期にそこから旬の食材を取り寄せたり…。交流を深めることで新たに生まれること、気づくことがたくさんあると思います。
- 事務局:
- その他、「くまもと手仕事ごよみ」推進事業において、どのような新たな交流や取組みが必要だと思われますか。
- 小野:
- 熊本で居酒屋を経営されている方に伺ったのですが、熊本の飲食店は独自の産地ネットワークを持っていらっしゃる方が多いそうです。地元の飲食店と地域の手仕事がつながっていることは大きな強みです。細やかな地元のネットワークをフルに活用し、新鮮な材料を仕入れ、お客様にとって満足度の高い料理を提供する。このように大手全国チェーンの飲食店にはできないことを、徹底的にやることが大事だと思います。暦・季節・旬には物づくりや食が深く関わってきますので、今後、この事業には飲食店の方々、そして伝統工芸や風習に関わる仕事を生業(なりわい)にしている方々にも、できる限り交流に加わっていただきたいと思います。また物だけに焦点を当てるのではなく、物づくりに関わる職人さんが、暦の移ろいの中でどのような活動や生活を行っているのか、どんな道具を使い、どんなものを着て仕事をしているのかなど、そこに関わる人の一年の動きや「想い」を表に出し伝えることも大事だと思います。また、熊本県内の陶磁器や様々な器も作品単体ではなく、熊本の季節の料理や野の花と組み合わせることで、もっと魅力がアピールできるのではないかと思います。アート的な要素を取り入れた展示や職人によるトークセッション、作品をプレゼンテーションする場なども設けたいですね。
- 事務局:
- 熊本で生まれた息子さんに、これからどんな生活を送り、どんな人になってほしいと思われますか。
- 小野:
- 季節の移ろいを自分の五感で感じ、よいもの・ことを直感で判断できるような人。24時間365日変化を感じない生活を送ることが幸せな人生だとは思いません。季節を楽しみ、その地域にあるよいものを知り、それをしっかり外に発信できる人間になってほしいと思います。