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宇土秀一郎さん

勇壮で力強い黒。燃える火山のような赤。静かなグラデーションを湛える青…。
どれも深い色合いを携えた精悍な顔つきが印象的な、大小さまざまな器たち。
上益城郡益城町広崎の住宅街の一角に、自身の窯・陶房「陶房秀星~shusei~」を構え、作品を作り続けているのは、陶芸家の宇土秀一郎さんです。

Vol.31
大切にしたい土地の風景に注ぐ
温かな眼差しを作品に込めて。
↓

宇土秀一郎さん

大学時代に趣味で陶芸を始め、卒業後は一年間、オーストラリアを旅した後、実家の飲食店を手伝いながら、技を磨く。沖縄の恩納村にある窯元で修業を積み、2010年に独立。2016年に帰熊し、「陶房秀星~shusei~」を構える。

 

大学時代にはじめた趣味が海外生活を経て一生の仕事に

宇土さんと陶芸の出合いは、大学時代。大学卒業後は、システムエンジニアとして働く予定だったものの、断念。かねてから興味を抱いていたという、オーストラリアへ飛び立ちます。「向こうでボロボロのバイクを買って、半年間かけてオーストラリアを回りました。サラリーマンでない生き方をしたい、と自問自答しながら旅をする中で、浮かんできたものが、陶芸でした」。
そんな中、熊本で飲食店を切り盛りしていたお父さまが体調を崩し、宇土さんは店を手伝いながら、陶芸の腕を磨く日々。お父さまが復帰した後も手伝いを続けていましたが、陶芸への情熱が冷めることはありませんでした。

「こんにちは」と穏やかな笑顔で迎えてくれた宇土さんですが、お話を聞くうちに笑顔の向こうにある、ユニークな冒険家のような一面も垣間見えた。
【写真(左)】
実際にプロの奏者が弾いたこともあるという三味線。「見たことの無いものを作りたい」という創作意欲を体現したような作品だ。
【写真(右)】
ジンベイザメやイルカなど、沖縄の海の生き物たちを表現した箸置きも、宇土さんの人気シリーズ。

いつか自分の器で料理を提供したいその一心で陶芸の世界に踏み出す。

宇土さんが本格的に陶芸の道に進むと決意したのは、30歳の時。「店の手伝いをしながら、いつか自分のつくった器で料理を提供したいと思っていました」と宇土さん。内に秘めた熱い想いを胸に、沖縄へと旅立ちます。「軽自動車に積めるだけの荷物を積んで、沖縄へ渡りました。最初の給料は5万円。お金もなかったけど、夢中で作陶活動に励んでいましたね。仕事終わりに一杯のビールが飲めれば、それで十分満たされていました」と当時を振り返ります。未経験の陶芸という分野に飛び込むチャレンジ精神について尋ねると「やり方さえ覚えれば、後は自分で考えればいいんです」と穏やかな口調で語る宇土さん。“自分で考えればいい”。至極、当たり前のことかもしれないけれど、なぜか虚を突かれたような気がしました。

沖縄生活で毎日眺めた、夕暮れの海。全身で感じた風景を刻む器

沖縄での修行の後、2010年にプロとして独立した宇土さんの沖縄生活は10年間に及びました。朝日が登る頃に、仕事を始めて、日が沈む頃には、海辺で音楽を聴きながら、オリオンビールと泡盛を自分へのご褒美にする。そんな毎日を過ごす中で、生まれた作品は、沖縄の海の色をした器たちです。「ちょうど夕日が沈む頃の海は、こんな色をしているんです」と宇土さんが懐かしそうに見つめる先には、水面の揺らぎさえも感じられる深い青を称えた器たち。1日の終わりに、自分へのご褒美として宇土さんが幾度となく眺めていたであろう海の景色が、作品の中にしっかりと落とし込まれていました。

夕暮れの静かな海の色を落とし込んだ定番の青のシリーズ。

そんな宇土さんが熊本へ帰ってきたのは、2016年のこと。熊本地震の起こる直前でした。一生沖縄で過ごしたいと思えるほど、大好きだった場所でしたが、お父さまの亡き後、一人で暮らすお母さまに何かあった時のことを考え、熊本へ拠点を移すことを決意したのです。「お正月に熊本へ帰って来た時に、熊本に戻るタイミングなのかなと思いました。決断すると早いので、その数ヶ月後には帰熊していましたね」。荷解きを終え、作り溜めていた作品を整え、庭の手入れをして。これから熊本で本格的に活動を始める為のアトリエを建築しようとしていた矢先に、熊本地震に見舞われます。自宅が被災し、つくり溜めていた作品のほとんどが割れてしまった中、自身のアトリエの建築も、工期や費用の見通しが立たなくなってしまったのです。そんな中、沖縄から届く支援の気持ちに大きく励まされたという宇土さん。その気持ちに応えるために、庭に小さなプレハブ造りの小屋を建て、作陶活動を再開します。
「震災の混乱の中、プレハブ小屋なら最短で作品づくりを始めることができます。遠くで応援してくれる人たちに向けて、僕が唯一できることは“作品をつくること”でした」。宇土さんは自らの今を託し、作陶活動に没頭します。

個展用に作ったという手作りのマスク。こんなところにも宇土さんの遊び心がきらりと光る。

対面で得る学びを大切に自分らしい作品づくりを。

自宅の庭にある宇土さんのアトリエの窓からは、青い空と遠くに阿蘇の山並みが見えます。日々眺める、土地の景色からインスピレーションを創作につなげる宇土さんの作品には、熊本地震から4年経った今、燃えるような赤のシリーズと、熊本城への思いを馳せた深い色味を携えた黒のシリーズが加わりました。いずれも熊本に根ざした作品たちは、やはりどこかたくましく勇壮な佇まいが印象的です。

熊本城の銀杏をモチーフにした黒のシリーズ。
燃える炎のような深い赤は、熊本の大地を連想するカラー。作品そのものに力強さがありながら、料理を盛ればしっかり映える。
マットな質感から光沢のあるものまで、何十通りの釉薬の配合を試し、最もイメージに近い黒を採用したという足跡は、まるで実験のよう。

「沖縄の海も、熊本の空も、毎日違った表情をしています。僕は、伝統を継承した焼き物ではないので作品に関しては、自由なものづくりをしていますが、見た時に僕が作ったものだとひと目でわかるような佇まいのものを作り続けて行けたらいいなと思います」。最後にこれからの抱負を尋ねると「たくさんの人に直接対面して、作品を届けたいです。実際にお会いして、聞く言葉の中には“学び”がたくさんありますから」と目を細める宇土さん。大切にしたい風景に注ぐ、温かい眼差しを器に重ねながら、宇土さんの創作活動はこれからも続いていきます。

■陶房 秀星~Shusei ■Writer profile

中城明日香
ライター・編集者・インタビュアー

雑誌編集を経て、フリーの編集者・ライターに。インタビューで相手の人生を旅するのが何よりの喜び。
得意分野は、ものづくり、旅、ファッション、子育て、暮らしにおけるヒト・モノ・コトに興味は尽きない。プライベートでは、愛車で気の向くままに行く、車中泊の旅に夢中。

■Photo
BICOLUT マエダ モトツグ
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